クラフトバンク総研

建設から介護まで~横浜の未来を守る 株式会社小俣組 

更新日:2026/1/14

2025年6月15日(日)15:00~15:55

ゲスト:株式会社小俣組 代表取締役・小俣順一さん、建築部・大﨑千菜さん、介護ビジネス事業部・高橋豊さん

大正11年創業、関東大震災後のインフラ整備から始まったという神奈川県横浜市の株式会社小俣組。主軸である建設業はもちろん、介護付有料老人ホーム「サニーステージ」の経営を手掛けるなど、幅広い観点から地域のために貢献する企業です。ダンサーから建設業へという異色の経歴を持つ小俣社長、ドローンの免許取得を目指す若き女性主任・大﨑さん、介護の現場を担うベテラン・高橋部長、それぞれの視点から仕事への熱意を語っていただきました。(神奈川県横浜市 マリンFMにて収録)

創業103年、横浜の復興と共に歩んだ歴史

クラフトバンク中辻(以下、中辻)まずは株式会社小俣組について、どのような会社なのか概要を教えていただけますか。

小俣順一さん(以下、小俣):小俣組は、今年で創業103年目を迎える地元の建設会社です。大正11年に創業しましたが、その翌年が関東大震災の年でした。壊滅的な被害を受けた街の復興を、行政の方々と共に歩みながら今日まで成長してきた会社です。

クラフトバンク田久保(以下、田久保):100年を超える歴史があるのですね。現在はどのような事業を展開されているのでしょうか。

小俣:現在は建築と土木を主軸としていますが、20年ほど前からは介護部門も立ち上げました。現在は横浜、横須賀、東京に「サニーステージ」というブランドで、介護付き有料老人ホームを11施設展開しています。

公共工事から民間マンションまで幅広く手掛ける

中辻:まずは本業である建設部門について詳しく伺いたいのですが、具体的にはどのような建物を手掛けていらっしゃるのですか。

小俣:現在は民間のマンションやビルが全体の半分ほどを占めています。残りの半分は公共工事で、主に小学校の建設や、公共施設の回収工事などを手掛けています。

田久保:建築と土木の比率はいかがでしょうか。

小俣:土木部門も持っており、舗装工事や造成工事なども行っていますが、現在は建築が大きな柱となっています。横浜市内のインフラから教育施設まで、幅広く携わらせていただいています。

現場管理の最前線で働く大﨑さんの役割

中辻:建築部の大﨑さんは、普段どのようなお仕事をされているのですか。

大﨑菜さん(以下、大﨑):私は建設現場の現場管理を担当しています。工事の進捗や安全、品質を管理するのが主な役割です。

田久保:お話しできる範囲で構いませんが、直近ではどのような現場を担当されているのでしょうか。

大﨑:私はこれまで公共工事の現場をメインに担当してきました。大きな建物が多く、現在は横浜市営住宅の建て替え工事の現場に入っています。その前は消防本部の現場や、横浜美術館の改修などにも携わりました。

現場が好き。女性現場監督としての誇り

中辻:学校を卒業されてからずっと小俣組で働かれているとのことですが、お仕事はいかがですか。

大﨑:非常に働きやすい環境で、良い会社だと感じています。施工管理としてずっと現場にいますが、もともとこの仕事が好きなので、大変だと感じることもありますが、苦に思ったことはありません。

中辻:女性で現場の最前線にいらっしゃるのは珍しいのではないかと思うのですが、社内での女性の活躍状況はいかがですか。

小俣:大﨑はうちの女性現場監督候補としての第一号なんです。彼女が頑張ってくれているおかげで、現在は8名ほどの女性現場担当者が入社してくれています。彼女は社内でも頼もしい存在で、まさに姉御肌、いや兄貴肌に近いような心強さがありますね。

将来の夢は「女性だけのチーム」で建物を造ること

田久保:大﨑さんは資格取得も積極的にされていると伺いました。

小俣:大﨑は一級建築施工管理技士の資格も取得しました。私の夢でもあるのですが、今後数年のうちに、公共工事や横浜のモニュメントになるような建物を、女性だけのチームを作って手掛けてみたいと考えています。彼女ならそれを実現してくれると期待しています。

中辻:それは素晴らしい目標ですね。大﨑さんご自身もその展望についてはどのようにお考えですか。

大﨑:私自身もそれを目標にしています。自分たちの手で横浜に残る建物を造り上げることができれば、これほどやりがいのあることはないと思っています。

介護事業「サニーステージ」を始めた理由

中辻:ここからは介護事業についても伺いたいと思います。小俣組が介護事業を始めたのは平成16年とのことですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

小俣:先代である父の代に始めた事業です。建設業は毎年毎年、仕事を受注し続けなければならず、公共工事も入札制度のため、非常に浮き沈みが激しい業界です。そこで、もう一つの経営の柱が欲しいと考えたのが一つです。

田久保:経営の多角化としての側面があったのですね。

小俣:それに加えて、高齢化という社会の波をどう捉えるかという視点もありました。たまたま私の祖母に軽い認知症の症状が出始めていたこともあり、身近な問題として介護を捉えていました。当時は適した場所や環境も整ったため、思い切って参入を決めました。

現場を知るために「いちヘルパー」からスタート

中辻:小俣社長ご自身も、入社当時は介護の現場にいらっしゃったと伺いました。

小俣:はい。最初はいちヘルパーとして現場に入りました。おじいちゃん、おばあちゃんと毎日を共に過ごし、現場で何が起きているのかを肌で感じることから始めました。

中辻:社長自ら現場に入られたのですね。現場での経験は現在の経営に活かされていますか。

小俣:現場で利用者の方々と元気に触れ合った経験は、何物にも代えがたい財産です。介護の現場は人と人との繋がりがすべてですから、その原点を忘れないようにしています。

家族や孫が「また来たくなる」施設を目指して

田久保:「サニーステージ」の運営において、大切にしているコンセプトはありますか。

小俣:ご家族が頻繁に足を運んでくれること、そしてお孫さんが「またおじいちゃんのところに行きたい」と思ってくれるような施設を目指しています。

中辻:お孫さんが来たくなる施設というのは素敵ですね。具体的にはどのような工夫をされているのですか。

小俣:施設内でのイベントやレクリエーションを充実させています。高齢者向けのものはもちろんですが、若い世代や地元の子供たちとコラボレーションしたイベントも頻繁に開催しています。単なる施設ではなく、地域に開かれた場所でありたいと考えています。

業界歴25年、高橋さんが見たサニーステージの評判

中辻:高橋さんは介護ビジネス事業部とのことですが、これまでのキャリアについて教えてください。

高橋さん(以下、高橋):私は小俣組に入社して9年になりますが、介護業界自体には23歳の頃から携わっています。かれこれ25年以上、福祉の畑で仕事をしてきました。

田久保:長年この業界にいらっしゃる高橋さんから見て、小俣組の介護事業はどのように映っていましたか。

高橋:以前は別の会社にいたのですが、業界内でも「サニーステージは良い取り組みをしている」と非常に評判が良かったんです。ただ、アウトプットが少し苦手というか、良いことをしているのに世の中にあまり知られていない、知る人ぞ知る存在という印象でした。

「一度は不採用」から掴み取った入社

中辻:高橋さんは、自ら志願して小俣組に入られたのですか。

高橋:はい。定年を迎える前に、もう一度現場に貢献したいと考えていた時期でした。どうせ行くなら評判の良いサニーステージだと思い応募したのですが、実は一度、書類選考の段階で落とされているんです。

小俣:そんなこともありましたね。当時は枠がいっぱいだったのかもしれません。

高橋:どうしても諦めきれず、1年後に別のツテを辿って再挑戦しました。私の人生で唯一、一度落とされたのがサニーステージでしたが、それほどまでにここで働きたいという強い思いがありました。

20年かけて築き上げた11拠点のネットワーク

田久保:現在は11施設を展開されていますが、これは急拡大されたのでしょうか。

小俣:いえ、20年かけて1、2年に1箇所のペースで着実に増やしてきました。場所の確保や介護保険の枠の問題もあり、簡単ではありません。

中辻:施設の規模はどのくらいなのですか。

小俣:一番大きいのは、今年4月にオープンした北鎌倉の施設で、100床あります。逆に一番小さい横浜の施設は30室ほどです。アットホームな小規模施設から、活気のある大規模施設まで、それぞれの地域に合わせて運営しています。基本的にはフロアごとのユニットケアを行い、手厚い介護を提供できる体制を整えています。

建設と介護に共通する「中が見えにくい」課題

田久保:建設と介護、全く異なる二つの事業を運営されていますが、共通点などは感じられますか。

小俣:今、どちらの業界も最大の課題は人手不足です。需要はあるのに人が足りない。これは共通しています。

中辻:他にも共通して感じられる課題はありますか。

小俣:建設現場も介護施設も、どちらも「中が見えにくい」という点です。工事現場は仮囲いの中で何が行われているか一般の方には分かりませんし、老人ホームの中も普段は目に触れません。だからこそ、もっと外に向けて情報を発信し、中身を知ってもらうための努力が必要だと感じています。

小俣社長の意外な過去「高校生プロダンサー」

中辻:小俣社長の経歴について少し伺いたいのですが、学生時代から家業を継ぐことを決めていたのですか。

小俣:実は、高校を卒業したら大学に行く予定だったのですが、当時ダンスの仕事をしていて、そちらに夢中になってしまったんです。高校生ですでにプロとして今の初任給以上に稼いでいたので、学校へ行かずに家を飛び出してしまいました。

田久保:プロのダンサーとして活動されていたのですね。驚きです。

小俣:23歳くらいまではダンス一本で、テレビ番組にも出演していました。某お昼の看板番組で11代目のパフォーマーとして踊っていたこともあります。今の新入社員に話しても誰も信じてくれませんが、当時はそれが私のすべてでした。

家業に戻る決意をさせた「ファミリー」の絆

中辻:そこからどのようにして小俣組に戻られたのですか。

小俣:父から「会社を継がないか」と言われ、一度は反発したのですが、やはり子供の頃からの思い出が大きかったんです。小学生の頃、会社によく遊びに行っていて、当時の若い社員の皆さんとバーベキューをしたり旅行に行ったりしていました。

田久保:社員の方々との絆があったのですね。

小俣:はい。私にとって会社は「ファミリー」のような感覚でした。だから戻る時もあまり違和感はなく、「じゃあ戻るわ」という感じでした。そうしたら「まずはヘルパーの資格を取ってこい」と言われ、そこから私の介護のキャリアが始まりました。

建設現場におけるDXの推進とiPadの活用

田久保:ここからはデジタルの取り組みについて伺います。建築部の大﨑さん、現場ではどのようなデジタル活用が進んでいますか。

大﨑:現在、現場監督全員にiPadが支給されています。図面やメールの確認はもちろん、工事写真の整理も電子黒板を使って現場で完結できるようになりました。

中辻:iPadの導入で、業務はどのように変わりましたか。

大﨑:以前はいちいち事務所に戻って図面を印刷して現場に持っていっていましたが、今はiPad一つで最新の図面がその場で見られます。この効率化は非常に大きいです。

田久保:他にも導入されているシステムはありますか。

大﨑:安全書類の電子化や、グリーンサイト、勤怠管理システムの導入も進めています。労働時間の見える化も進み、より働きやすい環境に近づいていると感じます。

本社に「IT専任担当者」を配置した狙い

田久保:こうしたデジタル化は、現場からの声で進んでいるのですか。

大﨑:そうですね。特に大規模な現場や大手ゼネコンとの共同企業体(JV)で良い事例があれば、それを社内で共有して取り入れています。

小俣:実は今、建築部に2名のIT専任担当者を置いています。彼らは国立大学出身で非常に頭が良く、現場を経験した上で、本社で一括して管理できる仕組み作りやアプリの制作を行っています。

中辻:現場経験のあるIT担当者がいるのは心強いですね。

小俣:現場監督が現場に集中できるように、安全書類などの事務作業を本社で集約してサポートする体制を作っています。これにより、現場の負担は劇的に減りました。

介護現場でのDX「見守りセンサー」と「インカム」

田久保:介護の現場でのデジタル活用はいかがでしょうか。

高橋:サニーステージでは、全施設で「見守りセンサー」を導入しています。ベッドにセンサーを付け、体温や血圧、脈拍、さらには離床の動きをリアルタイムで把握できます。

田久保:それによって、スタッフの負担は軽減されましたか。

高橋:はい。以前は2時間おきに全室を巡回していましたが、現在はセンサーで異常がないか確認できるため、夜間の負担が大幅に減りました。記録も自動でシステムに反映されるので、手書きの作業がほとんどなくなりました。

中辻:記録業務の効率化も進んでいるのですね。

高橋:はい。さらに現在はインカムを活用し、話した内容がそのまま音声入力で記録されるシステムの試験導入も行っています。スタッフは一人一台スマートフォンを持ち、その場でリアルタイムに情報を共有・記録できる体制を整えています。

事故ゼロを目指す「服薬管理システム」の導入

田久保:安全面での取り組みはいかがですか。

高橋:高齢者の方は多くの薬を服用されていますが、名前が似ている方同士の取り違えなどは絶対にあってはなりません。そこで、機械が「この薬は違います」と教えてくれる服薬管理システムを導入しました。

中辻:テクノロジーでヒューマンエラーを防ぐのですね。

高橋:はい。入居者様の安全を守ることはもちろん、スタッフが安心して働ける環境を作ることもDXの目的です。最初は「スマホや機械は苦手」という年配のスタッフもいましたが、今ではその便利さを全員が実感しています。

DXが「選ばれる職場」の強みになる

田久保:DXの推進は、採用にも良い影響を与えていますか。

高橋:非常に大きいです。最近は「どのようなシステムを導入しているか」を基準に職場を選ぶ求職者も増えています。手書きの記録が残っているような古い職場よりも、効率化が進んでいるサニーステージを選んでくれる若い人材が増えています。

中辻:建設業界でも、DXが進むことが採用の競争力になる時代が来るかもしれませんね。

小俣:介護業界の事例を見ていると、本当にそう思います。人が資本の業界だからこそ、人を守るための投資は惜しみたくありません。

三世代で楽しめる「アミューズメントパーク」の構想

中辻:番組の最後になりますが、今後の展望について教えてください。小俣社長、将来的に挑戦したいことはありますか。

小俣:介護とエンターテインメントを掛け合わせた、三世代で楽しめるアミューズメントパークを作りたいと考えています。イメージとしては、おじいちゃんおばあちゃんの知恵と子供たちの遊びが融合するような場所です。

田久保:それは面白い構想ですね。

小俣:核家族化が進む中で、おじいちゃんおばあちゃんとお孫さんが、施設を通じて自然に触れ合える環境を提供したい。例えば、家族で最高の写真を撮りながら、そのまま遺影まで撮れるようなかっこいい写真館があってもいい。そんな「コトづくり」を、建設業と介護業の枠を超えて実現したいです。

海外展開と、横浜の「コト」を作る会社へ

田久保:他にも温めている計画はありますか。

小俣:グアムやサイパンなどの近場に、介護の一歩手前の自立型の方がバケーションを楽しめる「サニーステージ・ヴィラ」を作りたいですね。日本での暮らしと海外での楽しみを連動させる仕組みを考えています。

中辻:夢が広がりますね。建設部門としての今後の目標はいかがですか。

小俣:やはり地元横浜に根差し、社員たちが誇りを持てるような、街の象徴となる建物を一つでも多く手掛けていくことです。ただ建物を建てるだけでなく、そこで生まれる「コト」までをプロデュースできる会社であり続けたいと思っています。


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