明治から熊本八代を支える老舗企業~株式会社藤永組
更新日:2026/1/17
▼目次
- 1 明治20年創業、鉄道の駅舎建設から始まった138年の歴史
- 2 学校建設や軍事施設、戦後復興を支えた歴代の歩み
- 3 40代で急遽社長に。男社会を支えた祖母の12年間
- 4 明治42年の姿を今に残す「石造りの車庫」
- 5 5年前に届いた一本の電話。時を越えて繋がる技術の証
- 6 八代の伝統を象徴する新ランドマーク「お祭り伝承館」
- 7 地元企業が連携して挑んだ、至高のクラフトマンシップ
- 8 社員の家族へ向けて。「社長メッセージ」に込める想い
- 9 地域の高校生へ。母校で語る建設業のやりがい
- 10 日々の情景を凝縮する、藤永社長の「短歌」
- 11 クラウドとタブレットで実現する「ペーパーレス会議」
- 12 18歳から78歳まで。多世代が支え合うデジタル活用
- 13 現場の風景を一変させた「電子黒板」とクラウド共有
- 14 ICT建機がもたらす「熟練技能」のデジタル化
- 15 ダンプの安全と効率を守るGPS運行管理システム
- 16 ドローン測量による圧倒的なスピードと精度
- 17 「無事故無災害」を支える徹底した社内パトロール
- 18 140周年に向けたビジョンと、若返る組織
- 19 建設業の「新3K」を提唱し、希望ある業界へ
- 20 異常気象や震災から地域を守る「建設業の使命」
- 21 「九州歌会始」への招待を目指して。藤永社長の夢
2025年9月7日(日)15:00~15:55
株式会社藤永組 代表取締役社長・藤永和広さん
明治20年創業、138年目を迎えた熊本県八代市の株式会社藤永組。創業当初から肥薩線の駅舎関連の建築を主体に取り組み、現在でもJR人吉駅構内に石造りの人吉機関車庫(明治42年竣工)が残されているなど、地域の歴史と共に歩んできました。近年では、JV工事で手掛けた「お祭りでんでん館」が建築物として高い評価を得ています。「社員とのコミュニケーションを大事にしたい」という藤永社長。ユニークな社内報や短歌(!)での情報発信など、個性的ながら愛情深い社長のお人柄があふれる収録となりました。(熊本県八代市 KappaFMにて収録)
明治20年創業、鉄道の駅舎建設から始まった138年の歴史
クラフトバンク中辻(以下、中辻):まずは、株式会社藤永組がどのようなお仕事をされている会社なのか、その歴史などについて教えていただけますか。
藤永和広さん(以下、藤永):藤永組は1887年、明治20年に高祖父にあたる藤永寿太郎が35歳で創業しました。 当時はまだ鉄道が通り始めた明治の半ばで、高祖父は元々大工の棟梁をしていたのですが、鉄道の駅舎建設などの仕事から少しずつ会社の規模を大きくしていったと聞いています。
中辻:明治20年創業とは、まさに教科書に載っているような歴史的なレベルですね。 鉄道の駅舎から始まったというルーツも非常に興味深いです。
学校建設や軍事施設、戦後復興を支えた歴代の歩み
藤永:その後、時代の変遷とともに様々な学校の建築物を手掛け、2代目・軍太郎、3代目・寿夫の代になると、戦争が始まったこともあり軍関係の施設工事なども行っていました。 戦後は高度経済成長期に合わせて、土木と建築の両方の仕事を幅広く手掛けるようになっていきました。
クラフトバンク金村(以下、金村):明治、大正、昭和と、それぞれの時代のニーズに合わせて街のインフラを支えてこられたのですね。 激動の時代を乗り越えてこられた重みを感じます。
藤永:そうですね。 私が生まれる前のことですが、祖父が53歳という若さで亡くなったため、昭和39年からは祖母が40代で女性社長として12年間、会社を切り盛りしていた時期もありました。
40代で急遽社長に。男社会を支えた祖母の12年間
中辻:昭和30年代に女性が建設会社の社長を務められるというのは、当時は相当なご苦労があったのではないでしょうか。
藤永:ええ、当時は売上も下がり、いつ会社が潰れるか分からないと言われた時期もあったようです。 しかし祖母は歯を食いしばり、鼻息の荒い建設業の男社会をしっかりと守り抜いてくれました。 そのおかげで父へ、そして私へとバトンを繋ぐことができました。
金村:女性一人で男衆を束ねるのは並大抵のことではありませんよね。 その強固な意志が、現在の藤永組の礎になっているのですね。
藤永:私は結婚して3年ほどで祖母を亡くしましたが、私が会社に入ったことを本当に喜んでくれました。 歴代の社長、特に祖母である澄子さんには、今でもご先祖へのご恩返しの気持ちで社長業を務めさせていただいています。
明治42年の姿を今に残す「石造りの車庫」
金村:先ほどお話にあった明治時代の建物が、今も現存していると伺いました。
藤永:明治42年に建設された石造りの車庫が今も残っています。 八代は石工が多く、「石匠館」という歴史を学べる施設もあるほど石造りの文化が根付いている街です。 皇居の二重橋も熊本の石屋さんが力を発揮したと言われていますが、そうした技術が詰まった建物が今も活用されているのはありがたいことです。
中辻:100年以上前の建物が現役で残っているのは素晴らしいですね。 どのような用途で使われているのですか。
藤永:現在は「SL人吉」の車庫として活用されているはずです。 一時期は北九州にありましたが、またこちらに戻される形になり、明治の石造りの車庫が今も現役で建機や車両を守っています。
5年前に届いた一本の電話。時を越えて繋がる技術の証
藤永:実は5年ほど前、人吉の方から「お宅の施工でしょう」と一本の電話をいただいたことがありました。 その車庫を修理した際、屋根裏の「棟札(むなふだ)」に当時の大工の棟梁の名前と一緒に「藤永組」の文字が残っていたそうです。
金村:ご自身も知らなかった歴史が、第三者からの連絡で明らかになったのですね。 それは震えるような体験ですね。
藤永:ええ、当時の新聞記事も送っていただき、間違いなくうちの施工だと分かって驚きました。 もっと早くから自社の歴史をPRしておくべきだったと、改めて先代たちの仕事に誇りを感じた出来事でした。
八代の伝統を象徴する新ランドマーク「お祭り伝承館」
中辻:最近の藤永組さんのお仕事といえば、八代の有名な「妙見祭」に関連する「お祭り伝承館」が非常に話題になっていますね。
藤永:令和3年に竣工した建物ですが、全国的な建築専門誌「新建築」の表紙を飾ることができました。 東京の青山にある平田建築設計事務所さんが設計されたもので、うねるような屋根の形状が特徴的な非常にモダンな建物です。
金村:手元の資料を拝見していますが、このアーチがかった屋根の曲線美は素晴らしいですね。 施工はかなり大変だったのではないでしょうか。
藤永:はい、大変な難工事でした。 局面を木材で加工し、その上にガルバリウム鋼板を貼っていくのですが、既製品を並べるのとは訳が違います。 職人たちが実際に屋根に登り、図面と突き合わせながら1枚ずつ現物合わせで加工して貼り進めていきました。
地元企業が連携して挑んだ、至高のクラフトマンシップ
藤永:この屋根の施工は、地元の松本板金さんという協力業者さんが担当してくれました。 松本社長自ら毎日朝晩現場に通い、弊社の監督と一緒に職人たちを指揮して作り上げた、まさに魂の込もった建物です。
中辻:地元の職人さんたちが一丸となって、世界に誇れるような建築物を作り上げたのですね。
藤永:このプロジェクトは藤永組と東洋建設さんのJV(共同企業体)で取り組んだのですが、地元の企業同士でこうして地域のランドマークを作れたことは、私にとっても非常に思い出深い経験となりました。 八代の400年続く伝統を未来へ伝承していく場にふさわしい仕事ができたと思っています。
社員の家族へ向けて。「社長メッセージ」に込める想い
金村:もう一つ、藤永組さんならではの取り組みとして、毎月発行されている「社長メッセージ」があると伺いました。
藤永:5年前から始めた取り組みなのですが、社員のご家族に「お父さんや息子さんがどんな仕事をしているか」を知ってほしいという思いで作成しています。 給与明細と一緒に渡しているのですが、数字だけでは味気ないですからね。
中辻:社員の皆さんの笑顔や現場の写真がたくさん載っていて、温かみを感じる会報ですね。
藤永:新入社員のご両親や奥様が安心してくれるのが一番です。 私自身が月に一度行っているパトロールで感じたことや、資格を取得した社員の表彰、出前授業の様子などを写真付きで紹介しています。 会社の出来事を家庭に持ち帰ってもらうきっかけになれば嬉しいです。
地域の高校生へ。母校で語る建設業のやりがい
藤永:会報でも紹介したのですが、最近は地元の八代工業高校などで「出前授業」を行っています。 母校を卒業して弊社に入社した若手社員を連れて行き、後輩たちの前でプレゼンをさせるんです。
金村:実際に働いている先輩の生の声を聞けるのは、学生たちにとっても刺激になりますね。
藤永:学校で学ぶ座学とは全く違う、実際の現場のインパクトを伝えることができます。 この取り組みがきっかけで入社を決めてくれた社員もいて、人との繋がりを大事にする藤永組らしい採用活動の一つになっています。
日々の情景を凝縮する、藤永社長の「短歌」
中辻:藤永社長は、毎日のように「短歌」を詠まれていると伺い、非常に驚きました。 建設会社の社長さんとしては、とてもおしゃれで素敵な趣味ですね。
藤永:言いたいことを五・七・五・七・七の31音に凝縮すると、その時の情景がパッと浮かんでくるんです。 昨日の土木現場の竣工検査の様子も短歌にしました。 「入念に 書類とデータ 準備して 落ち着き答える 竣工検査」といった具合です。
金村:検査官の仕草まで詠み込まれていて、現場の緊張感と達成感が伝わってきます。 これも社内で共有されているのですか。
藤永:はい。 私が趣味で詠んでいるのが噂になり、「みんなが見えるところに書いてください」と言われまして。 今はグループウェアのスケジュール欄や、事務所の廊下にあるホワイトボードに掲示して、社員のみんなが読めるようにしています。
クラウドとタブレットで実現する「ペーパーレス会議」
金村:ここからはデジタルの取り組みについてお伺いします。 社長もタブレットを使いこなされていますね。
藤永:弊社では「サイボウズ」を導入して、予定管理や日報、各種報告をすべてクラウドで行っています。 特に大きな変化は会議ですね。 以前は膨大な施工資料をカラーコピーして配布していましたが、年間100万円近いコピー代がかかっていました。
中辻:100万円!それはかなりの経費と手間ですね。
藤永:はい。 そこで今年から全社員にiPadを支給し、会議を完全にペーパーレス化しました。 資料作成にかかっていた2時間という準備時間が、今では一瞬で終わります。 画面上で図面を拡大したり、気付いたことをその場で修正したりできるので、非常に効率的です。
18歳から78歳まで。多世代が支え合うデジタル活用
金村:藤永組さんには18歳の若手から78歳のベテランまでいらっしゃるとのことですが、デジタル化への抵抗感はありませんでしたか。
藤永:もちろん最初は「紙がいい」という声もありました。 しかし、「もうこういう時代だよ」と頭を切り替えてもらいました。 高齢の社員が難しい部分は、若手が自然とサポートするような体制ができています。 飲み込みの早い若手たちが現場をリードしてくれる姿も増えています。
中辻:孫と祖父のような年齢差の社員がデジタルを通じて協力し合う、素敵な光景ですね。
藤永:そうですね。 デジタルはあくまでツールですが、それによって多世代のコミュニケーションが円滑になり、仕事が楽しくなることが一番だと思っています。
現場の風景を一変させた「電子黒板」とクラウド共有
金村:現場管理のデジタル化については、どのようなツールを使われていますか。
藤永:「蔵衛門Pad」などの電子黒板を全現場で導入しています。 昔は重い黒板を持って、チョークで書き込みながら撮影していましたが、今はタブレット一つで済みます。 撮影した写真は即座にクラウドで共有されるので、本社の工事部長もリアルタイムで現場の状況を把握できます。
中辻:わざわざ現場に行かなくても、事務所から詳細なチェックができるわけですね。
藤永:ええ。 「お、もうここまで進んだか」とデスクで確認できるのは大きいですね。 現場監督とのコミュニケーションもスムーズになり、何か問題があればすぐに対応できる体制が整いました。
ICT建機がもたらす「熟練技能」のデジタル化
金村:重機などの施工面でもICTの活用が進んでいるのでしょうか。
藤永:はい。 バックホウなどの重機にGPSとICT機能を搭載しています。 これにより、これまでベテランの職人が「丁張り」を見ながら手作業で行っていた掘削作業が、画面上の設計データを見ながら正確に行えるようになりました。
中辻:「技を盗んで覚えろ」という世界が、データによって誰でも再現可能になったのですね。
藤永:その通りです。 熟練の勘に頼っていた部分が数値化されることで、経験の浅い若手でも精度の高い仕事ができます。 しかも一人で測量から施工まで完結できる場面も増え、大幅な省力化に繋がっています。
ダンプの安全と効率を守るGPS運行管理システム
藤永:土砂の運搬についてもデジタルを活用しています。 ダンプカーにGPSを搭載し、どの車両がどこを走っているか、安全速度を守っているかを事務所の大型モニターでリアルタイム管理しています。
金村:過積載の防止などもシステムで行っているのですか。
藤永:「ペイロード」という機能を使い、重機のバケットで積み込んだ土砂の重さを自動計測して履歴を残しています。 法令遵守は建設業にとって絶対条件ですから、データで客観的に証明できる仕組みは、地域の方々への安心感にも繋がります。
中辻:安全管理と効率化、そしてコンプライアンスまでカバーされている。 まさに現代的な建設業の姿ですね。
ドローン測量による圧倒的なスピードと精度
金村:測量業務においても、ドローンの活用が進んでいるとお聞きしました。
藤永:はい、ドローンによる3D観測を内製化しつつあります。 以前は地上から一点ずつ測量して土量を計算していましたが、今は上空からレーザーを照射して点群データを取るだけで、一瞬にして広範囲の地形がデータ化されます。
中辻:それによって、工期短縮などの目に見える成果は出ていますか。
藤永:もちろんです。 測量にかかる人手と時間は大幅に削減されました。 また、そのデータをICT建機に流し込むことで、測量から施工までが一本の線で繋がります。 この技術の流れはもう止まることはないでしょう。
「無事故無災害」を支える徹底した社内パトロール
中辻:デジタル化の一方で、藤永組さんが最も大切にされている「安全」への取り組みについてお聞かせください。
藤永:「無事故無災害」は何よりも優先される絶対条件です。 そのために、月に2回のパトロールを徹底しています。 一つは外部の安全衛生コンサルタントを招いての専門的なチェック、もう一つは私と工事部長が自ら現場を回る「経営者パトロール」です。
金村:社長自らが現場を回ることで、社員の皆さんの意識も高まりますね。
藤永:現場の改善点を写真に撮り、その日のうちに是正を指示します。 毎年6月には協力会社さんも含めた「安全大会」を開催し、全員で安全意識を共有しています。 社員が笑顔で一日を終えられる現場環境を作ることが、社長としての私の最も重要な仕事です。
140周年に向けたビジョンと、若返る組織
中辻:藤永組さんはあと2年で創業140周年を迎えられます。 今後の展望について教えてください。
藤永:まずはこれまで支えてくださった方々への感謝を込めた周年行事を行いたいですね。 その上で、次の150周年に向けたビジョンを示したい。 今取り組んでいるのは「組織の若返り」です。 現在の平均年齢47歳を、あと10年で37歳まで引き下げることを目標にしています。
金村:10歳の若返り!それはかなり積極的な採用が必要ですね。
藤永:はい。 女性の施工管理職も増やしていきたい。 すでに土木で1名、建築で2名の女性が現場で活躍してくれています。 誰もが誇りを持って働ける、クリーンで明るい建設会社を目指していきます。
建設業の「新3K」を提唱し、希望ある業界へ
藤永:昔から言われる「きつい、汚い、危険」の3Kを払拭し、新しい3K、「給料がいい、休日がある、希望が持てる」業界にしていきたいんです。
中辻:「希望」のK。とても素敵な考え方ですね。
藤永:毎年きちんと昇給し、休日も確保でき、将来に夢が持てる。 そういう環境を整えて、次の代の社長にバトンを渡すのが私の役目だと思っています。 建設業は地域を守る要ですから、地元の若者たちが「ここで働きたい」と憧れるような場所にしていきます。
異常気象や震災から地域を守る「建設業の使命」
金村:昨今の異常気象や、将来的に懸念されている大地震など、建設業が担う役割はますます大きくなっていますね。
藤永:ええ、令和2年の豪雨災害でも痛感しましたが、地域を守る最後の砦は建設業です。 南海トラフ地震なども30年以内に高い確率で起こると言われていますが、人命と街の経済を守るためのインフラを整備し続けることが、私たちの社会的使命です。
中辻:災害時に真っ先に駆けつけ、道を切り拓く地元の建設会社さんの存在は、住民にとってこれ以上ない安心感になりますね。
藤永:そう言っていただけるとありがたいです。 単なる「ものづくり」だけでなく、地域の安全・安心を支えているという誇りを社員一人ひとりが持てるよう、これからも精進してまいります。
「九州歌会始」への招待を目指して。藤永社長の夢
中辻:藤永社長、最後にご自身の個人的な夢についても伺えますか。
藤永:私の夢は、短歌を極めて「九州歌会始」に招かれることです。 創業150周年の頃には、歌人としてのデビューも飾れていたらいいななんて思っています(笑)。
金村:この番組での発言が、数年後に現実になったら素晴らしいですね。 その時はぜひまた番組でお祝いさせてください。
藤永:ありがとうございます。 仕事も短歌も、楽しみながら全力で取り組んでいきたいと思います。 地域の皆さんと共に歩む藤永組であり続けるよう、これからも一首ずつ、そして一歩ずつ進んでまいります。
■株式会社藤永組 https://kfujinaga.co.jp/
■KappaFM(エフエムやつしろ) https://kappafm.com/
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