クラフトバンク総研

3Dプリンターで未来の家を~株式会社Lib Work

更新日:2026/1/14

▼目次

2025年10月26日(日)15:00~15:55
株式会社Lib Work 代表取締役社長CEO 瀬口力さん

1975年創業、熊本県山鹿市の株式会社Lib Work(リブワーク)。戸建住宅事業を中心に、プラットフォーム事業や3Dプリンター住宅の開発など多角的に展開。デジタルマーケティングを駆使した集客や、全国の工務店支援にも注力しています。「Afternoon Tea」や「niko and…」等の人気ブランドとのコラボ住宅開発や、日本初の土製100㎡3Dプリンター住宅の建築、AIやブロックチェーンの活用など、独自性ある取り組みにも積極的です。番組では、瀬口社長に現在抱えている課題や、今後の展開などたっぷりと語っていただきました。(熊本県熊本市 熊本シティエフエムにて収録)

熊本を拠点にインターネットで集客する住宅事業の特色

クラフトバンク田久保(以下、田久保):まず早速なのですが、株式会社Lib Workがどのようなお仕事をされているのか教えていただけますでしょうか。

瀬口力さん(以下、瀬口):私たちLib Workは、熊本に本社のある、住宅事業を主に行っている会社になります。具体的には、インターネットやYouTubeから集客をしてお家を提案するという、ちょっと他の会社さんとは違うやり方で成長している企業です。

田久保:Lib Workさんのことは知っている方も多いと思いますが、ものすごい成長率ですよね。我々クラフトバンクと同じようなベンチャー企業と見まがうほど、建設業でありながら成長を遂げられています。

創業1975年、瀬口工務店からLib Workへの歩み

田久保:創業されたのはいつになりますか。

瀬口:僕の父がもともと創業したのですが、1975年と聞いております。ちょうど50年くらいになりますね。

田久保:最初からLib Workという社名だったわけではないのですよね。

瀬口:そうなんです。僕の苗字を取って、瀬口工務店という社名からスタートしました。その後、福証(福岡証券取引所)に上場したときがSKホーム、そして今のLib Workという形に、どんどん名称が変わっていきました。

九州から関東まで、350名の社員と拠点の広がり

田久保:今は新築工事や改修工事がメインということでよろしいでしょうか。拠点の数や社員数はどれくらいですか。

瀬口:エリアとしては熊本県、福岡県、佐賀県、大分県、そして千葉県ですね。子会社に神奈川県がありまして、大体そのあたりのエリアをカバーしています。社員数も今は合計で350人程度の会社になります。

田久保:熊本でもかなり大きな規模のビルダーさんですよね。千葉に拠点があるのが少し不思議な感じもしますが、何か背景があるのでしょうか。

千葉への進出と総合展示場への出展背景

瀬口:関東に進出する際に、千葉と埼玉で悩んだのです。千葉にちょうど総合展示場が新しくできるという情報が入りまして、せっかくなら新しくできるところに最初から出展したいよねということで、千葉北というところに出展させていただいたのが最初の経緯になります。

田久保:熊本拠点から関東まで進出されているのですね。瀬口さんのパーソナルな部分についても伺いたいのですが、お父様が創業された「瀬口工務店」の頃に入社されたのですか。

瀬口:実は、僕が25歳の大学院2年生のときに、そのまま入社して最初から社長になったという、ちょっと特殊な経緯があります。

法学部から弁護士を目指した大学院時代

田久保:最初から社長になられたのですか。もともとはどのような道を目指されていたのでしょうか。

瀬口:もともとは法学部出身で、弁護士を目指していたのです。大学2年生の時から予備校にも行って、ガツガツ司法試験の勉強をしていました。周りからは「もったいない」「なんで辞めるの」という声はありましたが、僕としては父の思いをずっと病床の中で聞いていましたからね。

田久保:お父様の思いを継ぐという強い決意があったのですね。

瀬口:これは僕しか父の思いを継げないというところで、強い覚悟を持って社長になりました。それが25歳の時ですから、もう26年前の1999年の話になります。

25歳、葬儀での決意と予期せぬ社長就任

田久保:ノストラダムスの大予言でドキドキしていた頃ですね。お父様が亡くなられたとき、すぐに決断されたのですか。

瀬口:父が大学院2年の時に他界しまして、思わず葬儀の最後の喪主挨拶の時に「瀬口工務店の跡は僕に任せてください」と言ってしまったのです。そう言わざるを得ない状況に追い込まれたところからのスタートでした。

田久保:お父様にとっても、息子さんが継いでくれるというのは心強かったでしょうね。

社員4名から始まった「瀬口工務店」の再出発

田久保:瀬口さんが社長になられた当時、社員さんは何名くらいいらっしゃったのですか。

瀬口:4人いました。大工さんと、僕がヘッドハンティングで設計事務所から連れてきた同級生、あとは事務員さんと僕の叔父ですね。その4人というところでした。

田久保:そこから今の規模まで成長されたわけですが、事業規模を拡大された最初のタイミングというのはいつ頃ですか。

瀬口:実は2つのターニングポイントがありました。1999年がどんな時代だったか思い返してみると、Windows95が出て、98でモデムが内蔵されて一般家庭にインターネットが普及した時代だったのです。

インターネットの普及とホームページ制作という第一の転換点

田久保:インターネット黎明期ですね。その頃からネットに注目されていたのですか。

瀬口:僕の中では、今後はインターネットの時代が来ると。インターネットで家を売ろうということで、就任当初から最初にやったことは企業理念を作ったことと、ホームページを自ら作ってスタートしたことです。

田久保:2000年前後にホームページがあったというのはすごいですね。

瀬口:ただ最初はネットと言ってもなかなか皆さんに活用されなくて、しんどい時代もありました。ホームページは作っているけれど集客できないので、チラシを手撒きしながら営業して、少しずつ成長してきました。

新卒採用8名の決断。会社を劇的に変えた第二の転換点

田久保:そこからどのように飛躍されたのでしょうか。

瀬口:大きなターニングポイントの一つは「新卒採用」です。非常に小さな町で知名度もない企業でしたが、各大学を僕が歩き回って学生を口説きました。従業員数10数名の会社に、初年度で8名入社していただいたのです。

田久保:10数人の会社に8人ですか。それはすごい比率ですね。

瀬口:これが大きな転換点でしたね。上場もしていない田舎の会社に、優秀な大学生が僕の夢に共感して入ってきてくれるのが申し訳なくて、期待してくれる人はみんな入れちゃえということで8人。今でもその時のメンバーは活躍してくれています。

スマートフォンの台頭。集客を加速させた第三の転換点

田久保:もう一つのターニングポイントは何だったのでしょうか。

瀬口:スマホが出たことです。どこでも簡単に繋がれるようになったことで、うちのホームページを見てもらえるようになりました。それまでは月に20、30程度だった資料請求が、一気に100を超えるようになったのです。

田久保:iPhoneやスマートフォンの登場が、住宅業界の集客の潮目を変えたのですね。

瀬口:一気に変わりましたね。資料請求数も会員登録数も劇的に増えました。その分、25歳で住宅業界も建設業界も初めてだった僕は、苦労もたくさんありました。

「現場は覚えない」ベテラン大工との衝突と覚悟

田久保:当時のご苦労の中で、特に印象に残っているエピソードはありますか。

瀬口:父の葬儀が終わって、父が懇意にしていた大工さんたちを集めて、僕が社長になった挨拶と今後の方針を伝える会議を開いたのです。僕は気合を入れて臨んだのですが、向こうは「お前は何様だ」「何も与えてくれていないのに息子だからって現れやがって」という感じでした。

田久保:ベテランの職人さんたちからすれば、若造が何を言っているんだという反応になりますよね。

瀬口:途中で「力くん、そんなのいいから早く仕事を覚えろ。現場に来い」と言われました。そこで僕は全く違う回答をしたのです。「現場を覚えるつもりはありません。それは僕の仕事じゃない」と言い切りました。

顧客の代理人として。技術習得を拒んだ経営の哲学

田久保:「現場を覚えない」と言い切るのは、かなりの勇気が必要だったのではないですか。

瀬口:すごい剣幕で睨まれましたが、僕には覚悟がありました。ここで頭を下げて勉強するということになると、後でお客様の要望を伝える時に「じゃあお前がやってみろ」と言われてしまう。僕はあくまでお客様の代理人でありたいと思ったのです。

田久保:お客様を第一に考えるという理念を貫くための、あえての線引きだったのですね。

瀬口:現場をプロとして作ってもらうのは皆さんの仕事で、僕の仕事は家を建てる人を探してくることだと。もしそれが実現できない会社なら無くなったほうがいいと伝えました。結局、誰一人辞めることなく、僕も死ぬ気で営業して仕事を取ってきました。

YouTube活用の先駆。業界トップチャンネルへの成長

田久保:インターネットの力を最大限に活用されてきたと思いますが、特に印象的な打ち手はありますか。

瀬口:YouTubeの活用ですね。2019年にチャンネルを開設しました。今の若い子たちはテレビを見ないけれど、ネットやYouTubeの話はすごくする。これは戦略を考えないといけないなと思ったのがきっかけです。

田久保:2019年というと、まだ住宅業界で本格的にYouTubeをやっている会社は少なかったですよね。

瀬口:ルームツアーということで、うちで建てていただいたお客様に取材をして発信し続けました。最初は登録者数も再生数も全然増えなくてやる気がなくなっていきましたが、めげずに続けていたら、コロナ禍で一気に増えたのです。

コロナ禍で掴んだ手応えとデジタルシフトの成功

田久保:コロナ禍での外出自粛が追い風になったのですね。

瀬口:数万人単位で会員数が増え、再生数も10万を超えるようになりました。ようやく手応えを掴んで、今ではこの業界でのトップチャンネルと言われるまで成長しました。これは本当に大きなポイントだったと思います。

田久保:常に時代の数歩先を歩まれている感じがします。瀬口さんのアイデアや発想の源泉はどこにあるのでしょうか。

瀬口:イノベーションの作り方で言うと、新しいテクノロジーが出た時に「僕らの業界で使えないか」と常に考えています。3Dプリンター、生成AI、量子コンピュータやブロックチェーン。それらと我々の業界を掛け算で組み合わせているだけかもしれません。

1万プランをデータベース化。SaaS事業「マイホームロボ」の展開

田久保:ここからはLib WorkさんのDXへの取り組みについて伺いたいと思います。代表的な取り組みを教えてください。

瀬口:「DX」という言葉に一番近いと思うのは、全ての設計プランをデータベース化したことです。これまでは一棟一棟丁寧に設計し直していましたが、効率を上げるために過去の全てのプランとCGをデータベースに入れました。

田久保:まずは社内のナレッジをデジタル化したということですね。

瀬口:それを社内だけで使うのはもったいないということで、全国の工務店さんに使ってもらうためのSaaSサービス「マイホームロボ」として展開しています。今は大体200社くらいの会社さんに使っていただいています。

生成AIによる業務効率化。「稟議書チェックボット」の活用

田久保:デジタル化から効率化、そしてビジネスモデルの変革へと、まさにDXのステップを踏まれていますね。生成AIの活用はいかがですか。

瀬口:半年前と比べても生成AIの能力は加速度的に伸びています。うちはコンサルを入れて作らせるのではなく、社員が自分たちでAIボットをガンガン作っています。例えば「稟議書チェックボット」ですね。

田久保:稟議書のチェックをAIがやってくれるのですか。

瀬口:何度もやり直して無駄が多い作業ですが、ボットを使えば「ここをこう直してください」と教えてくれます。それを稟議に上げていく。他にも照合作業や研修など、社員が自らの課題を解決するために自作しています。

社員自らが開発する、営業力強化のためのAIボット

田久保:エンジニアではない現場の社員さんがAIボットを作っているというのは驚きです。

瀬口:例えば営業職の社員が「ロープレ用のAIボット」を作りました。商談を録音させてもらうと、終わった後に100点満点で点数が出るのです。「今日は70点。ここがダメだった」というフィードバックがすぐに出ます。

田久保:自分の商談がすぐに採点されるというのは、成長スピードが格段に上がりそうですね。

瀬口:それぞれの部署で課題が違いますから、自分たちで作らないと本当にいいものはできないと思っています。AIを活用することで、今までの労力の10分の1で仕事ができるような、そんな時代がもう来ています。

国内初、3Dプリンター住宅による「ものづくり」の自動化

田久保:3Dプリンター住宅についても、7月に国内初の土を主原料とした100平米の住宅をリリースされましたね。

瀬口:ドデカい3Dプリンターを使って、現地でそのまま家をプリントする技術です。働き手が圧倒的にいなくなるのは分かっていますが、対策が進んでいません。製造工程そのものを自動化・工業化していく必要があります。

田久保:コストや工期の面でもメリットがあるのでしょうか。

瀬口:僕の目標は、価格も工期も今の2分の1に下げることです。3Dプリンター住宅によって「ものづくり」そのものを変えていきたい。構想から4年、世界的な設計企業のアラップさんやWaspさんと組んで、ようやくここまで来ました。

職人の「アート化」とコスト高騰への危機感

田久保:人手不足への対応だけでなく、住宅価格の抑制という面でも大きな意味がありますね。

瀬口:これからは大工さんなどの職人の技術がどんどん「アート」の領域に入っていき、コストが跳ね上がると思います。エルメスの職人さんのようになってしまう。そうなると一般の方が家を手に入れられなくなります。

田久保:誰でも手が届く住宅を供給し続けるために、テクノロジーが必要だということですね。

瀬口:職人の技術を尊ぶ一方で、テクノロジーによる自動化も進める。世界中からオファーが来ていますが、将来的なグローバル展開も見据えながら、まずは日本でしっかりコントロールして広げていきたいと考えています。

世界中から届くオファー。グローバル展開への構想

田久保:海外からも注目されているのですね。どのような国から問い合わせがあるのですか。

瀬口:オーストラリア、ポルトガル、アメリカ、ドバイなど、あちこちから「我々と組んでやりましょう」というオファーが来ています。WASBというイタリアの会社とアライアンスを組みながら、日本事業を我々が行っています。

田久保:まさに世界基準のプロジェクトですね。今後のデジタル化の構想についても教えていただけますか。

瀬口:設計士を介さずにプランを作る「自動設計AI」に取り組んでいます。今はカナダのAI企業と提携して、お客様の要望を書き込むとAIがゼロからプランを作るという段階まで来ています。来年中には実現可能だと思っています。

カナダのAI企業と挑む、設計士がいらない自動プラン作成

田久保:設計のプロセス自体をAIが代替していくのですね。

瀬口:住宅業界では、最初のご提案を設計資格のない営業マンが書くことも多いのです。僕はそこを変えたくて1万プランのデータベースを作りましたが、その先にあるのは一流の設計士にも負けないAIからの提案です。

田久保:それが実現すれば、お客様も自分の望む家をより正確に、スピーディーに形にできますね。

瀬口:「スケールカンパニー」という広告代理店も立ち上げ、他の工務店さんのデジタルマーケティングも支援しています。YouTubeの運営ノウハウなどを広めて、良い工務店さんが生き残れる仕組みを作りたい。

「地元の工務店」をデジタルマーケティングで支援する理由

田久保:競合他社を支援するというのは、どのような思いからなのですか。

瀬口:飲食店と同じで、チェーン店ばかりだと寂しいですよね。その土地の木を使い、地元の職人を使い、気候風土を誰より知っている地元の工務店さんが家を作るのは素晴らしいことです。そこに少しでも力を貸せればと思っています。

田久保:「生活創造企業」として、住宅業界全体の基盤を支えようとされているのですね。最後に瀬口さんのプライベートな目標についても伺えますか。

瀬口:25歳の時に社長になって、ノートに2つの夢を書きました。一つは「上場すること」。これは実現しました。もう一つは「ダービー馬の馬主になること」です。

25歳の時にノートに書いた、ダービー馬の馬主になる夢

田久保:馬主になられているのは知っていましたが、日本ダービーが目標なのですね。

瀬口:馬主にはなれましたが、ダービー馬を出すのは首相になるより難しいと言われます。いつかは自分の牧場で生産した馬で勝ちたい。大学時代に「ダービースタリオン」というゲームにめちゃくちゃハマりまして、雑誌に出るくらいの馬を作っていたのです。

田久保:それをリアルな世界で実現しようとされているのですね。

瀬口:それをリアルでやりたい。ただ、自社生産してダービーを狙うには数百億かかるので、時価総額をあと50倍くらい上げないといけません(笑)。

競馬の世界にも生成AI。チャットGPTに選ばせた競走馬

田久保:競馬の世界でも、瀬口さんらしい取り組みをされているとか。

瀬口:実は今回、チャットGPTに馬を選ばせました。写真や血統データを全部入れて、一番コスパのいい馬を教えてくれと。僕だったら絶対買わないような馬を提案されましたが、あえてそれを買ってみました。

田久保:ご自身の直感ではなく、AIの判断に賭けてみたのですね。

瀬口:仕事もプライベートも、死ぬまで夢を持ち続けられるような人生でありたいですね。住宅事業を通じてお客様の幸せを追求しながら、自分自身の夢も追いかけていきたいと思っています。

■株式会社Lib Work https://www.libwork.co.jp/
■熊本シティエフエム https://fm791.jp/

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詳しくはコチラ(放送局一覧・2025年4月現在)

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