下田建設業協会
更新日:2026/2/12
【業界健全化を進めた品確法】
河津市元氏(河津建設・代表取締役)が下田建設業協会の会長に就任してから、まもなく20年を迎える。これまでの歩みは建設業界の激動期と重なっており、河津会長は「政権交代などの影響で公共工事の受注量が半減する苦境も経験したが、品確法の制定が業界健全化に向けた大きな転換点となった」と振り返る。同法の浸透により、適正な工期と利益の確保、労務費の改善などが進み、持続可能な経営体制の基盤を構築できた。協会としても行政との意見交換を重ね、現場の実情を共有し続けてきた自負がある。現在の会員数は30社。「厳しい環境下でも各社が生き残れる体制を作り上げてきた」と、地道な歩みに確かな手応えを感じている。


【技術者は建設業界の「国宝」】
河津会長は現在、最も力を入れている部門を「現場を支える技術者の地位向上」と訴える。2025年度からは、静岡県下田土木事務所および賀茂農林事務所の発注する工事で表彰された技術者に対し、「優良技術者バッジ」を贈呈する取り組みを始動した。表彰の栄誉を可視化することを追求し、気品ある金色のバッジを付与することで、誇りを取り戻す試みをスタートした。河津会長は「優れた技術者は建設業界にとって人間国宝に等しい」と断言し、最大限の敬意を表する。「技術者を宝として大切に育て、守り抜くことこそが協会の使命。このバッジが若手にとって確かな目標となり、建設業界への憧れを醸成する文化を根付かせたい」と現場第一主義の信念を語る。


【地域の守り手としての役割を果たす】
津波や土砂災害などのリスクと隣り合わせの伊豆半島において、災害への備えは大きな課題である。昨年12月には河津会長の発案により、実戦的な道路啓開訓練を実施した。当日は協会や警察、消防、土木事務所が一堂に会し、実際に重機を駆使して災害現場での緻密な役割分担を確認。「人命救助の最前線に立つ各組織と、現場を重機で切り拓く我々建設業者との連携を、本番を想定した状態で確認し合うことに意義があった」と河津会長は強調する。2024年に発生した能登半島地震を引き合いに出し、「伊豆と能登は地形的な共通点が多い。有事の際に地域を誰よりも知る地元の業者が即座に動く必要がある」と、地域の守り手としての役割を果たす明確な覚悟を見せている。

【次世代に向けた種まきを続ける】
協会では、若手入職者の確保に向けた地域貢献活動も重要施策に掲げている。毎年11月の「土木の日」に合わせて開催するイベントでは、子供たちに向けた重機の体験乗車会などを開催する。建設業の社会的な役割を体験として得られる貴重な機会として、地域に根差したイベントの規模は年々拡大。近年では、市民・観光客など2200人以上が押し寄せるまでの成長を見せている。この一大プロジェクトを牽引するのが、同協会の若手経営者らで構成する「下田建設業協会若手の会」のメンバーである。かつて河津会長自身が「21世紀の会」のメンバーとして心血を注いだ担い手育成の精神は、時代を超えて次の世代にも継承されており、生き生きと現場を仕切る協会員の様子を見て、河津会長は「建設業の楽しさと醍醐味を伝えるための種まきが、ようやく大きな芽となって吹き出してきた」と、確かな手応えと充足感を示している。

【終わりなき未来を描く】
河津会長は、「建設業に誇りを取り戻すためにも、当面は『しっかりと稼げる業界』の確立を目指す」と表明する。険しい山々と海に挟まれた伊豆特有の地形において、他地域の画一的な手法は通用しない。ICTの活用などで地域固有の難題を解決できる技術を磨き、付加価値を高めることで、下田・賀茂地域に不可欠な存在であり続ける。「これまで培ってきた技術と組織力を駆使することで、地域から『ありがとう』が集まる建設業界にしたい」。20年に渡り協会を牽引してきた河津会長の言葉には、力強い決意が溢れている。建設業界の「人間国宝」たちが、伊豆の未来をどのように描くのか。この挑戦に終わりはない。

この記事を書いた人
クラフトバンク総研 記者 松本雄一
新卒で建通新聞社に入社し、沼津支局に7年間勤務。
在籍時は各自治体や建設関連団体、地場ゼネコンなどを担当し、多くのインタビュー取材を実施。
その後、教育ベンチャーや自動車業界のメディアで広告営業・記者を経験。
2025年にクラフトバンクに参画し、記者として全国の建設会社を取材する。







