クラフトバンク総研

静岡県鉄筋業協同組合

更新日:2025/4/23

【鉄筋工事標準見積書の役割】

 静岡県鉄筋業協同組合では、あらゆる工事に取り掛かる段階において「鉄筋工事標準見積書」の活用を徹底している。そのため、國井均理事長(芳和建設工業・代表取締役)は「静岡県内では職人の単価に対する値崩れは起きていない」と現状を語る。同見積書は、人工から単価を算出し、その合計を頭数で割る形で単価を積算する方式を取る。久野鉄也副理事長(久野鉄筋・代表取締役)も「以前だと、法定福利や保険料も含めず、先に大まかな単価を決めてから全体の人工を出していたため、結果的に赤字に陥る現象が続出していた」と振り返る。この手法が県内に普及して以降は、「元請けに対して基準を軸に歩掛などの説明も論理的にでき、利益を重視した業務に取り組めるようになった」と変化を話す。見積書が県内に浸透したのは約10年前。その経緯を森島潤副理事長(森島鉄筋工業・代表取締役)は、「組合内で、國井理事長を中心に勉強会をできたことがターニングポイントだった。当初は、従来までの単価の出し方とギャップがあり過ぎて戸惑うことも多かったが、同じ肌感覚の組合員と試行錯誤を繰り返せたことで、全体の構造を理解できるようになった」と振り返る。今なら「なぜ見積書の段階で、そこまで遠慮しなければならない?」と正常な前提に立てるが、明確な規定の無い時期は、自身の状況把握が不十分だった現実すら理解できていなかった。全国で鉄筋工事標準見積書を採用する団体は極端に少ないため、一日でも早い全国への普及が望まれる状況にある。

國井均理事長(芳和建設工業・代表取締役)

久野鉄也副理事長(久野鉄筋・代表取締役)

森島潤副理事長(森島鉄筋工業・代表取締役)

【職人の処遇改善と建設キャリアアップシステム(CCUS)】

 求められて久しい職人の処遇改善について、久野副理事長は「専門工事業者の地位を底上げする段階で、建設キャリアアップシステム(CCUS)は欠かせないアイテム。私たち専門工事業者は、これを積極的に利用する必要がある」と主張する。CCUSとの連携により、標準労務費を保ち給与を上げる仕組み化が進む中、國井理事長も「その方針には全面的に賛成だ」と同意する。その上で「ただ、CCUSの浸透と共に『加入者の技術力向上が伴わなければ、給与の上昇は見込めない』などの条件付けが必要と感じることも増えてきた。上がったのは収入だけで、スキルが低いままでは本末転倒になる」と課題も挙げる。これまでCCUSに関しては、事務作業の負担増や長期雇用の実現が不透明になり得るなど、様々な懸念が指摘されてきた。しかし、合理的な運用ができれば、施工能力の高い専門工事会社が適正に評価される他、技能者の待遇改善にも繋げられる。これらは企業・団体の運営に長年携わり、現場を熟知する経営者からの意見として留意すべき事項である。

 国が推進する「新・担い手3法」について、森島副理事長は「2025年12月に施行予定である、標準労務費の勧告制度の導入に期待している」と本音を話す。自身が経営する森島鉄筋工業では、2025年4月から週休2日・月給制に切り替える方針を固めた。このタイミングでの追い風になることを見込んでおり、著しく低い見積もり依頼の禁止や、元請けから1次下請け、2次下請けに請負契約が重層化しても、技能者が受け取る労務費の目減りが無くなることを熱望する。この状況に國井理事長は、「本来、真っ先にすべきは、疑いのある2次下請けを担う業者の存在意義を議論すること。主任技術者の配置要件に関して、年間で数件程度の取り締まりを実施することで、何となく曖昧な形で終始しているが、これは正確に定義すれば違法に当たるはず。このような事態が起きるが故に、現段階でも技術者を立てられない建設企業が多いという現実から目を背けるべきでない」と警鐘を鳴らす。久野副理事長も「基本的には、労働者の処遇改善・労務費へのしわ寄せ防策など、私たち専門工事業者に寄り添う法律のため、是非とも厳しく施行してほしい。ただ、次々出てくる新しい政策に対し、逃げ道や緩い規定が多い傾向が見受けられる。中には『どうせ罰則までは実行されない』というスタンスの業者も出始めた現状に対し、事前にどのような想定・対処を見せられるか。新・担い手3法に関しては、現在地こそが正念場だと感じている」と本音を話す。

【発注者にもメリットを】

 静岡県西部では、組合と地元の構造設計団体が綿密なコミュニケーションを取ることで、「質の高い施工を実施するには、単価の上昇も連動しなければならない」との理解が既に発注者にも行き届いている。しかし、國井理事長は「これは限られた地域だからこそ実現できている話。新・担い手3法とCCUSの双方が上手く連動できても、最終的に金銭を支払うのはオーナーでありユーザー。彼らが何の詳細な説明も受けないまま、物事を進めてしまうと『それで私たちがこの仕組みに従うメリットは何?』と疑問を持ち、根底を揺るがす方向に話が発展するリスクもある」と曖昧な現行制度に懸念を示す。職人の待遇改善を叶えるには、CCUSと新・担い手3法の正常運用は必須。だが、中長期的な視点に立つと、発注者の利益も同時に注視しなければ、すぐに立ち行かなくなるのは明白。団体の理事長として常に鳥の目・虫の目を持ち合わせたからこその観点であり、組合員から絶大な信頼を寄せられる所以だと分かる指摘である。

【1人当たりで、いくら稼げるかを評価基準に】

 森島副理事長は「幸いなことに県内の仕事量は、一定以上はある状態だ。組合員が共通で挙げる課題は人材確保と事業継承」とポイントを述べる。高齢化が進む中で若手の入職者が極端に少ない状況は全国と同様で、この現実に対する特効薬が皆無なことも周知の事実。外国人労働者の更なる積極採用やDX駆使などの具体策は存在する中、久野社長は「最優先事項は、これまで長く続いた建設業界に対する負のイメージから脱却すること。若者に『建設業はカッコ良くて稼げる!』と理解して貰えるよう、各社が変わる努力を続けなければ変革は起きない」と明言する。國井理事長は「『1人当たりで、いくら稼げるか』。専門工事業者の評価手法を、この形で定着できれば業界全体の改革に繋がる可能性はある」と希望を語る。専門工事業者の立場からは、優良と言われる会社がどのようにインセンティブを受けられるか。國井理事長は「CCUSが浸透した上で、年収・能力レベルを鮮明にする仕組み作りは急務」と懸案事項も述べる。組合が直近で克服すべきテーマには、常に新・担い手3法とCCUSに対する取り組みが深く関わっていることが分かる。このような議論は、組合内で「今できる最善策に取り掛からなければ、業界が消滅に向かう可能性すらある」という危機感を共有できたから実現した。静岡県鉄筋業協同組合が鉄筋工事標準見積書の活用を定着させた流れには、建設業界を良き方向に転換するための重要なヒントが存在している。

関連記事:業界リーダーに迫る 『専門工事業者の処遇改善に着手 静岡県鉄筋業協同組合』

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