クラフトバンク総研

確かな「基礎」をつくる、基礎工事のスペシャリスト~株式会社九建総合開発

更新日:2026/1/10

2025年2月9日(日)15:00~15:55

ゲスト:株式会社九建総合開発 代表取締役・新永隆一さん

1980年の創業以来、杭打ち工事のスペシャリストとして2,000件以上の現場実績を積み重ねてきた基礎工事専門の株式会社九建総合開発。独自の詳細な施工データと地質データを活用した最適な杭打ち工法のご提案など、現場で培った豊富な経験を活かした質の高い仕事で、西日本随一の基礎工事業者としてお客様からの信頼を得ています。番組では、代表取締役・新永隆一さんに積極的に進めているというDX化についてなど、たっぷりと伺いました。(熊本県熊本市・熊本シティエフエムにて収録)

熊本のパワフルな2代目社長、新永隆一さん

クラフトバンク八木橋(以下、八木橋)早速ですが、九建総合開発さんについて、どういったお仕事をされているのか教えてください。

新永隆一さん(以下、新永):熊本市北区植木町の九建総合開発の新永隆一と言います。61歳になります。見た目だけで、ちゃんとクリームをいっぱい塗っていますから、皆さんから肌艶がいいねとよく言われます。弊社は専門業者です。基礎工事を専門業として、杭ですね。土木建築の基礎工事、場所打ち杭、既製杭。これを専門として西日本全域を営業エリアとしてやっています。

クラフトバンク田久保(以下、田久保)かなり広く活動されているのですね。従業員の方は何名ほどいらっしゃるのでしょうか。

新永:社員が今、九建総合開発ですと42名ですね。そのほかに、一般土木を主とした会社「九建」、燃料を自社で作っている「未来樹」、あと運送会社、農業法人もやっています。今、九建グループで約90名の社員が弊社で働いております。

農業から始まった創業45年の歩み

田久保:今は全部で5社あるということですが、元々は九建総合開発さんからスタートしたのですか?

新永:私は2代目です。私の父が元々農業をやっていて、農業から既製杭を作る工場を誘致しまして、そこに働き出して今の杭打ち業をやり始めたというところですね。

八木橋:創業されて、今で何年目くらいになるのでしょうか。

新永:1980年創業ですので、ちょうど45年目になります。その2代目ですね。

田久保:45年続く歴史があるのですね。お父様が農業から建設業に転身されたというのは驚きです。

街の土台を作る「杭打ち」の専門技術

八木橋:杭打ちというのが、具体的にどういう工事なのか、簡単にお話いただいてもいいですか?

新永:ビルを建てる時に杭を打ちますよね。それとか橋梁、橋の基礎です。大きく分けて2種類あります。よそで鋼管杭とかコンクリートパイルとか作って、それを打つ既製杭。それともう一つ、場所打ち杭というのがあります。この場所打ち杭は、現場で鋼管をねじ込みながら、中の泥を抜いて、鉄筋を入れて生コンを打って、外側の鋼管を抜く。弊社はこの2種類の仕事をやっております。

八木橋:どちらの杭打ちも自社で施工されているのですね。

新永:どちらも自社で施工しています。機械もたくさん持っています。

田久保:自社で機械も持たれているのは強みですね。40名の社員の方が西日本全域に行かれるのですか。

新永:遠いところは広島ぐらいまで行くことがあります。ただ今、九州は仕事が多いですので、ほとんど熊本を中心に九州全域でやっています。

自社で運送・機械を保有する強み

田久保:現場へ行く際は、機械も一緒に移動させるのですよね。

新永:もちろんです。大型のトレーラーとかトラックとか、これもたくさんあります。20台以上ありますね。これはうちの運送部門が運んでいます。

八木橋:運送部門も自社にあるからこそ、スムーズな移動ができるのですね。

新永:大きい機械ですと、例えばクレーンがありますね。クローラー式クレーン、これが150トンあります。150トンのクレーンというと、大体2階建ての家1軒分ぐらいの大きさがあります。それを現場に持っていって、そこで組み立てて使っています。

田久保:家1軒分の大きさのクレーンですか。想像するだけで圧倒されます。

熊本特有の複雑な地層と向き合う

八木橋:例えば10階建てくらいのビルだと、杭打ちはどれくらい深く開けるのでしょうか。

新永:これは地盤によるんです。そこの地盤がすごいいい地盤だと、例えば杭を打たなくていい地盤もあるんです。岩盤の上だと、例えば熊本で言うと県庁。これ、杭を打っていないんです。あんなに大きい建物ですが、熊本県庁って杭がないんです。あれ、岩盤の上に立っています。

田久保:あんなに大きな県庁が杭なしで立っているというのは衝撃的です。

新永:そうかと思うと、この辺だと隣の新しいビルがありますよね。あれは弊社が杭打ちをやったんですけど、あれは40メートルぐらい、地下40メートル近く掘っています。その間には、阿蘇の噴火による大きな石が20メートルぐらいのところにいっぱいあるんです。それをくり抜いてもっと下まで掘って杭を打つ。これは場所打ち杭の工法で杭を打ちました。

県庁は杭なし?阿蘇の噴火が作った地質

田久保:やはり一定以上深かったり、地質が難しかったりすると場所打ち杭になるのですか。

新永:それは上に立つ建物の形状で変わってくるんです。既製杭だったり場所打ち杭だったり。ですから一概に場所打ち杭だけということでもないです。熊本は地盤が本当に起伏に富んだ地盤なんです。真ん中に白川が流れていますが、その右岸左岸で地質が全然違います。

八木橋:同じ熊本市内でもそんなに違うものなのですね。

新永:左岸側では杭長が15メートルぐらいのところを、右岸側では20メートル、30メートル、そんなところが結構あります。だから熊本は難しいんです、杭打ちは。火山があったりとか、そういうところが主な理由だと思います。橋を建てる時もビルを建てる時もボーリング調査をやるんですけど、そのボーリング調査を元に杭の設計もやるんですが、本当に複雑に富んでいます。

田久保:見えないところを工事するのは本当に難しそうです。

新永:見えないところを工事するというのはすごい難しいんですよ。それを弊社は大体熊本でも2000箇所以上施工実績があるので、大体あの地区のあの場所はどういう地層だというのは、うちのデータベースに入っています。それで設計事務所やお施主さんには、こちらから逆に提案することもあります。

現場で完結するアスファルト再生機「ASRR」の衝撃

八木橋:そのほかに「ASRR(アスル)」事業というものもされているとのことですが、こちらはどういった事業になるのですか?

新永:これは僕が土木の社長をやってた時に開発した機械なんです。僕が29歳で、1992年に土木の方の社長をやり始めた時に、今後インフラ整備を維持していくために何が必要かをずっと考えた時に、道路は年数が経つと補修していかなければいけません。穴が開いたりひびが入ったりしますよね。それを現場で即修理ができれば需要があるだろうということで開発したのが、このアスルという機械なんです。

八木橋:現場でそのまま直せる機械なのですね。

新永:現場で古くなったアスファルトを剥ぎ取って、弊社が開発した機械に入れると、30分で100%再生して、もう一回敷きならすことができる機械なんです。

田久保:古くなったところだけ剥がして、その場で再生してまた敷き詰める。ものすごく画期的ですね。

防衛省やASEAN諸国でも活用される独自技術

新永:僕が開発して、今全国で、メインはもう海外。あとこれが今防衛省の方で採用されて、今防衛省が管理している空港に随時入っています。今年は新田原基地、小松基地、三沢基地の納入ですね。3月までに納入を進めています。

八木橋:新永社長自ら開発までされてしまうのですね。そのアイデアはどこから来たのですか。

新永:29歳の時の僕が思って、それからずっと開発を続けて、今でも100%ではないですが、随時現場によってオプションをつけたいとか、ここを改良したいというのがあるので、時代に沿って改良を続けています。

田久保:海外への展開も進んでいるのでしょうか。

新永:2023年から海外、タイに持っていって、タイの道路局にプレゼンをやりました。これはJICAの支援を受けています。2027年から随時この機械がタイで導入が始まる予定です。将来的にはASEAN諸国に全部広めていきたい。特にインドネシアは島が多いので、島でこれを使っていただきたいと思って広めています。

法律家志望から一転、東京での「連れ戻し」事件

八木橋:新永さんは2代目ということですが、継ぐことは最初から決めていらっしゃったのですか?

新永:全然決めていませんでした。僕は大学4年の時に就職活動をやっていて、医薬品関係の営業で内定をもらっていました。東京の居酒屋でアルバイトをしていた時のお客さんに誘われて決まっていたんです。

田久保:それがどうして熊本に戻ることになったのですか。

新永:卒業直前の1月ぐらいに、熊本から父と専務が東京まで上がってきて「帰れ」と。「後継ぐのはお前しかいないんだ。お前が帰ってこなかったら会社を畳むぞ」と言われて。僕は建設業継ぐ気はないと言ったんですけど、とにかく一回帰ってこいと言われて熊本に帰ってきました。社員からも囲まれて後継いでくれと言われて。そこまで言われたらしょうがないかということで熊本に帰りました。

1年間の猛勉強で建設業の基礎を叩き込む

田久保:それまでは全く建設業に関わりはなかったのですか。

新永:全く何も分からなかったです。僕は法学部だったので、法律を勉強していたんです。全く建設業のこと分からずこの業界に飛び込んだんですよね。

八木橋:お父様としては、いつかは継いでほしいという思いがあったのでしょうね。

新永:僕も中学高校の時、親の手伝いをしてたんですよ。そしたら朝5時に起こされて現場連れていかれて、スコップ持たされて。「絶対こんな仕事やるもんか」と思って、それで全然違う法律の方を勉強したいんだって言ってたんですけど。専務まで連れてくる父も凄いですけどね。

田久保:熊本に帰ってきてからは、どのようにして仕事を覚えたのですか。

新永:全く分からなかったので、1年間熊本県がやっている専門の学校みたいなところがあったので、そこに1年間行きました。そこで基礎的な建設のことを勉強させてもらいました。

徹夜でやり直した70メートルの測量ミス

八木橋:実際に働いてみて、一番印象に残っているお仕事はありますか。

新永:僕が初めて現場を持った時、道路改良の工事をやったんです。その時に測量ミスをやって、高さを間違えちゃったんです。数字を間違えて、それを現場に指示したことで、道路の脇にある側溝の高さが全然違ったんです。

田久保:それは大変なことですね。どう対応されたのですか。

新永:70メートル全部やり替えました。それも、次の日に舗装業者さんが入る予定になってたんで、間違えたって分かったのが夕方4時ぐらいだったんです。せっかく1日作った側溝をまたもう一回全部並べ替えなきゃいけなかった。

八木橋:その時の現場の反応はどうだったのでしょうか。

新永:現場の人間が「うわー、全部やり直しだ」っていう話になって。でもその時の僕の次の責任者の人が「しょうがないよね、やるか」と言って、そこから夜中中全部やり直しました。終わったのが朝の4時ぐらいでした。

失敗から学ぶ「自分たちが許せる範囲で挑戦させる」社風

田久保:新永さん、そのミスで怒られなかったのですか?

新永:その時には「失敗もあるわな、じゃあやるぞやるぞ」と言って「夜の弁当お前買ってくる」と言われて。みんなで夜通しやって。その経験があるので、必ずダブルチェック。僕も見るんですけど、もう一人誰かダブルチェックさせて間違いないかというのをやりますね。あの時は本当にみんなに申し訳なかった。

八木橋:その経験が、今の社風にも繋がっているのでしょうか。

新永:失敗しないと覚えないんですよ、この建設業界って。失敗を重ねて成長するというのがあるので。僕は現場の代理人さんには、若い子には自分が許せる範囲で失敗を経験させろと言っています。そのぐらい余裕を持って実行予算も組めと言っています。

田久保:若い子たちからすると、そう言ってもらえるのは心強いですね。

新永:失敗も、許せる範囲でさせます。その時にいかにフォローできるか。失敗を経験しないとなかなか体で覚えないですからね。トーマス・エジソンが言ったじゃないですか、「成功は失敗からしか生まれない」って。僕はあの言葉を今実行しています。

航空会社のパイロットに学ぶ究極の安全管理

新永:失敗は恐れていないみたいですが、建設会社は人身事故に繋がることが多いので、怪我とか大きな事故に繋がらないようにだけは注意しています。安全管理も、違う角度から安全を見直すために、航空会社のパイロットに来ていただいて、パイロットの目線で見ている安全管理、こういう勉強会もやっています。

田久保:パイロットの方を招くというのは斬新ですね。

新永:昨年はJALのパイロットに4回ほど弊社に来ていただいて。パイロットの方と社員が一緒になって問題提起して、安全に対する考え方を勉強しています。

八木橋:航空業界の安全管理は非常に徹底されていますから、学ぶことも多そうです。

新永:飛行機とか空港の安全管理ってどうなっているんだろうって、純粋に興味が湧きますよね。別の角度から見ていくというのも、僕のアイデアで始めました。

昭和の人間が挑む、決裁のデジタル化

八木橋:ここからはDXやデジタル化の取り組みについてお伺いします。新永さん、DXについてはいかがですか。

新永:やってますよ、DX。これが僕が一番頭痛いところです。昭和の人間なんでね。一応僕もiPad、iPhone持ち歩いていますよ。よく言われたのが「社長、稟議書どこまで行ってますか、見てますか」って。今までは紙ベースで稟議書が来ていたんですが、出張が多いので稟議書を見る時間がなくて、1週間分とか溜まるわけですよ。そうすると各現場で物が購入できないとか決済できなくて現場が止まるということが何回かあったんです。

田久保:それは大きな課題ですね。どのように改善されたのですか。

新永:これはDXの第一番目にしなきゃいけないところかなということで、まず稟議書をDX化しました。2年ぐらい前になりますね。今は常に24時間そういうアプリがあって、稟議書が上がってきて、それを見ながら決済しています。

八木橋:社長がどこにいても決済ができるようになったのですね。

全社員が利益を把握する「リアルタイム原価管理」

新永:その次が現場の進捗状況。これをリアルタイムに社員全員に分かるようにしたいと。実行予算を現場で組みますが、今現場経費がどのくらいかかっているのか、人件費、機械経費、あと燃料がどのくらい使っているのかというのを、毎日現場から上がってきます。

田久保:私たちの会社で開発しているものと、全く同じ思想で作られていますね。日報をデジタル化して、リアルタイムで原価を拾う。

新永:最初はExcelみたいなのでやってたんですけど、現場の人間って書くのが嫌いなんですよ。入力も嫌い。だから、終わったらその日の夕方本社に電話しろと。今日何を使いました、燃料どれだけ入れました、杭の施工はどのくらいやりましたというのを口頭で聞いて、それを事務の担当者が入力しています。今その現場の原価率がどれだけか、利益がどれだけかというのをリアルタイムで見ることができます。

八木橋:全社員が見られるようにしたというのは、どういう狙いがあるのですか。

新永:弊社は杭打ちの方は班単位で動いているので、その班で、1日原価がどのくらいかかるかというのを各班長も知っています。現場の工期が迫ってくると「あと残りがいくらしかないぞ、何日しかないぞ」と。そしたら単純に計算できるじゃないですか、何日で終わらなきゃいけない。じゃああと燃料がちょっと使いすぎてるぞとなったら、お昼休み早めに発電機回さなくてもよかったら、発電機止めろとか。そういうのを現場単位でみんなが意識できるようにしています。

平均年齢38歳、若手が集まる採用の秘訣

田久保:新高入社員から現場の責任者まで、全員が見られるようになっているのですね。

新永:そうです。終わった翌日には利益がどのくらい出たというのが分かりますので、その積み重ねが全て賞与に跳ね返ってきます。

八木橋:それはやりがいがありますね。他人の班の成績も見られるのですか。

新永:見れます。全部見れます。どこどこの現場、赤字じゃんってなりますよ。そうすると現場の担当者は、赤字の時には営業に「今度利益が出る現場をうちに回せ」ってなりますね。社内でやってますよ。

田久保:平均年齢が38歳と非常に若いそうですが、採用も順調なのですか。

新永:毎年高卒の子たちが2、3人入ってきます。建設の部門は若いです。僕が率先して高校で講演をやったり、学校単位で現場を見に来ていただいたり。そこで建設業の面白さとか、うちで新しいこんな技術を開発してるんだよっていう話を年に1、2回やっています。

天ぷら油から燃料を作る?地域循環型の取り組み

新永:これから取り組んでいきたいのは、先日南海トラフ地震の話がありましたよね。日本は災害大国なので、災害に強い、災害をどうクリアしていくか、それに対応できる建設会社。これを目指そうと思っています。

八木橋:災害時には燃料の確保が重要になりますよね。

新永:建設業は重機を使います。どうしても大規模災害があると燃料が枯渇するんですよね。重機はあっても燃料がない。弊社は燃料も作っているんです。高純度バイオディーゼル燃料。家庭から出る天ぷら油を燃料にしているんです。熊本市内の小学校18校で、毎月廃油回収日というのを作っています。それを回収してうちの工場で燃料にしています。

田久保:家庭の廃油を100%再生して燃料にされているのですか。

新永:高純度バイオディーゼル燃料、ディーゼルというやつを弊社で作っています。これは世界一純度の高い99.9%ヘイムという燃料を作っています。これを弊社の重機の中に入れて使っています。だから、やろうと思えばCO2ゼロカウントで工事はできます。災害が起こった場合は、その地域で廃油回収して燃料も作っていますので、燃料が枯渇することがないんです。

災害に強い「レジリエンス企業」を目指して

田久保:災害が起きて1週間以内は、その燃料を使うことで工事を進められるし、発電機も動かすことができるのですね。

新永:ディーゼル発電機も開発しています。弊社が今目指しているところは、九建グループの中で災害に対応できる、社会貢献ができるレジリエンス企業を目指しています。レジリエンス、回復力ですね。

八木橋:熊本のエジソンですね。燃料まで作っている建設会社はなかなかないと思います。

新永:これを熊本モデルとして、今全国に広めています。同じ技術が全国に35箇所あります。数年以内には全国で使えるように。今この燃料を日本航空さんが採用しています。JALさんのグランドハンドリング、牽引車とかトラックとかですね。JALさんがこの燃料使わせてくださいということで、弊社はJALの方にも提供しています。

2030年、熊本の空を飛ぶ「空飛ぶ車」への夢

八木橋:新永さんご自身が、これから挑戦したいことはありますか。

新永:僕は趣味で飛行機とかヘリコプターも操縦するんです。免許も持っています。その趣味を活かして社会貢献もやっていて。今、全国の赤十字飛行隊の隊長も務めています。災害が起こった時に救援物資とかドクターとか、そういったものを被災地に空から運んでいます。

田久保:隊長ですか。全国に80名ほど隊員がいるという、その組織のトップなのですね。

新永:その中で今後挑戦してみたいのは「空飛ぶ車」です。めちゃくちゃ興味があるんです。あれを飛ばしたい。熊本で一番に飛ばしたいです。それに向けて今、着々と進めています。2030年までには熊本で空飛ぶ車を絶対飛ばしたいなと思って。

八木橋:夢が広がりますね。空飛ぶ車が熊本の空を舞う日を楽しみにしています。新永さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

株式会社九建総合開発 https://kyuken.jp/
熊本シティエフエム https://fm791.jp/

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