日本のモノづくりを支える浜松市で115年~株式会社中村組
更新日:2026/1/14
▼目次
- 1 明治43年創業、115年続く浜松の老舗
- 2 建築主体、自動車産業を支える事業展開
- 3 ものづくりの中心地、浜松の魅力
- 4 災害に強く、人が大らかな浜松の土地柄
- 5 全長17.5キロ、圧巻の巨大防潮堤プロジェクト
- 6 CSG工法を用いた地元企業の共同作業
- 7 静岡県独自の厳しい建築基準
- 8 全国ネットワークを活用した情報収集
- 9 現場の重機に魅せられた幼少期
- 10 大学進学と将来への意識
- 11 二次元の図面を三次元に変える楽しさ
- 12 東京のゼネコンでの修行時代
- 13 父の言葉と地元を守る誇り
- 14 建設構造物は「やり直しがきかない」
- 15 建設業の醍醐味は「毎回が新鮮」
- 16 BIM/CIMを活用した現場の可視化
- 17 マシンコントロールによる施工の精度向上
- 18 デジタルとアナログのベストバランス
- 19 ベテラン社員による若手向けの勉強会
- 20 「円満なる事業の遂行」という社是
- 21 カーボンニュートラルと次世代への責任
- 22 地域を守る「街の医者」としての役割
2025年6月22日(日)15:00~15:55
ゲスト:株式会社中村組 取締役社長・中村嘉宏さん
日本のモノづくりの中心とも言える静岡県浜松市で115年の歴史を誇る、株式会社中村組。県内西部地域を主軸としながらも名古屋・東京にも拠点を構え、県外での施工事例も着実に拡大しています。「建設業は出来たものがものをいう。言い訳のきかない仕事」と語る中村社長。南海トラフ巨大地震への対策や、デジタル化への取り組み、そして生まれ育った浜松への想いなど、たっぷりとお話しいただきました。(静岡県浜松市 FM Haro!にて収録)

明治43年創業、115年続く浜松の老舗
クラフトバンク中辻(以下、中辻):早速ですが、中村組さんについて、どのようなお仕事をされている会社なのか概要を教えていただけますか。
中村嘉宏さん(以下、中村):弊社は、創業が明治43年、1910年になります。ちょうど115年目になりますね。浜松を中心に、現在は名古屋と東京に支店を構えていますが、やはりこの街でずっと生きてきた会社です。事業としては土木と建築の二本柱で、造ることも長寿命化させることも中心に行っています。
クラフトバンク金村(以下、金村):従業員数はどれくらいですか。
中村:だいたい200名くらいだと思っていただければよいかと思います。
建築主体、自動車産業を支える事業展開
中辻:土木と建築、どちらがメインになるのでしょうか。
中村:最近は建築の方が主体で、比率としては高くなっています。6割から7割以上が建築で、土木が2割前後といった構成です。
中辻:建築では、どのようなものを造られることが多いですか。
中村:浜松という土地柄、自動車産業のお客様に非常にかわいがっていただいています。工場の建設や、運送業のお客様からの倉庫建設などが中心です。それ以外にも、昔から学校建築や病院など、この街で生きていく上で必要なありとあらゆる建築物を造らせていただいています。
ものづくりの中心地、浜松の魅力
中辻:浜松は産業が活発な地域ですよね。
金村:日本でもものづくりの中心地の一つですよね。愛知県や静岡県は、まさにものづくりの中心地と言えると思います。
中辻:私は東海地方の出身で長く住んでいましたが、浜松にはうなぎを食べに来るイメージがあります。駅に降り立つと、すごく元気がある街だと感じます。
中村:うなぎだけではないですよ。静岡県は横に広いのですが、浜松は県庁所在地ではないものの、人口が一番多い市区町村で、現在78万人ほどいます。静岡市が67、8万人くらいですので、人口だけで言うと浜松の方が少し大きいですね。
災害に強く、人が大らかな浜松の土地柄
中辻:中村さんご自身も浜松のご出身ですか。
中村:生粋の浜松生まれ、浜松育ちです。浜松の良いところは、太陽が燦々と降り注ぐ街で、晴天率が高いことです。また、天竜川の恵みで水に困ることも少なく、結果として大らかな人が多いように感じます。
金村:土質や地盤についてはいかがですか。
中村:土木屋としての視点でお話ししますと、土がしっかりしており、災害に比較的強い街だと言えるのではないでしょうか。
全長17.5キロ、圧巻の巨大防潮堤プロジェクト
中辻:土木の取り組みでは、大きな防潮堤を造られたそうですね。
中村:天竜川の河口から浜名湖の入り口である今切口まで、全長17.5キロにわたる防潮堤を造りました。高さは15メートルほどあります。数年前に完成しましたが、これは南海トラフ巨大地震の津波対策として、非常に大きな役割を果たすと期待しています。
金村:17.5キロというのは凄まじい長さですね。
中村:地元の企業が中心となって造り上げました。私たちの自信作です。
CSG工法を用いた地元企業の共同作業
中辻:地元の建設会社だけで造られたのですか。
中村:最初はCSGという新しい工法を採用したため、未経験の部分もありました。そのため、ゼネコンさんの指導のもとで勉強しながら一つの工区を終わらせ、それ以降はすべて地元の建設会社だけで造らせていただきました。
金村:地元の力で街を守る構造物を造るというのは、誇らしいことですね。
中村:私たちが造りましたが、将来の子供や孫たちが、地震の時に「これがあったおかげで助かった」と言ってくれるようなものができていると信じています。
静岡県独自の厳しい建築基準
中辻:静岡県は地震対策への意識が非常に高いですよね。
中村:静岡県は地震係数を高く設定しています。そのため、他県に比べるとより頑丈な建物を造りなさいという指導を県から受けています。安全安心な街づくりに協力できていると考えています。
金村:目に見えない部分へのこだわりが強そうですね。
中村:建築物のデザインも重要ですが、その下の見えない部分がどうなっているかは、私たちにとって非常に興味深い対象です。
全国ネットワークを活用した情報収集
中辻:全国の建設会社さんともネットワークを構築されていると伺いました。
中村:私たちの産業は「経験工学」と言われます。自分たちで学び、失敗しながら造り上げてきた産業です。だからこそ、他の地域がどのようなことをしているかを知ることは非常に重要です。
金村:他地域の事例を聴くメリットは大きいですか。
中村:土質や川の流れなどは地域によって異なります。同じ商売をしている他地域の建設会社の方々と話をすることで、自分たちの知らない経験を聞くことができます。それを浜松に活かせるかどうかが大切だと思っています。
現場の重機に魅せられた幼少期
中辻:中村さんが建設業界に入られたきっかけを教えてください。
中村:高校までは普通科で、父からも「継げ」とは言われませんでした。ただ、小さい頃に現場に連れて行ってもらうことがあり、大型重機が動く姿を見て「かっこいいな」と感じていました。刷り込まれていたのかもしれませんね。
金村:現場の雰囲気はいかがでしたか。
中村:現場の少し怖いおじさんたちが、社長の息子ということでニコニコしながら頭を叩いてくれたり、現場を見せてくれたりするのが楽しかったです。嫌な記憶は全くありません。
大学進学と将来への意識
中辻:大学進学の頃には、将来の道を決めていたのでしょうか。
中村:大学に進学する頃には、なんとなくこの業界で生きていくんだろうなという感覚は持っていました。当時、父がすでに社長になっていたことも影響していたと思います。
金村:他に興味があったことはありますか。
中村:車いじりが趣味で、部品を触ったり削ったりするのが好きでした。もし社長の息子でなければ、車屋さんになっていたかもしれません。プラモデルも設計図通りに組み立て、モーターで動かすのが楽しかったです。
二次元の図面を三次元に変える楽しさ
金村:ものづくりとしての共通点がありそうですね。
中村:そうですね。私たちが造るものも図面があります。二次元の図面を見て、頭の中でどのように形になるかを考えながら造る楽しさは、建設の仕事も同じです。
中辻:大学では何を専攻されたのですか。
中村:土木工学を専攻しました。不真面目な学生で遊んでばかりでしたが、土質工学の研究室に所属し、土や岩石について学びました。
東京のゼネコンでの修行時代
中辻:卒業してすぐに中村組に入られたのですか。
中村:いいえ、1981年に卒業し、まずは大手のゼネコンに就職しました。そこで現場の経験と土木設計の経験を積ませていただきました。今思えば修行をさせてもらった期間です。
金村:場所はどこだったのでしょうか。
中村:港区の虎ノ門でした。
金村:都会のど真ん中ですね。その頃から中村組に戻ることは意識されていたのですか。
父の言葉と地元を守る誇り
中村:父からは「帰ってこなくてもいいぞ」と言われていました。姉が二人いたので、優秀な婿を取ればいいと考えていたようです。でも、数年経つうちに自分の心の中で「そろそろ帰るか」という気持ちが固まりました。
中辻:お父様に伝えた時の反応はどうでしたか。
中村:父に「そろそろ帰る」と言ったら、反対も賛成もせず、ニヤッと笑ったのを覚えています。父も国鉄で働いてから家業に戻った人間だったので、地域を守るインフラ仕事の誇りを知っていたのだと思います。
金村:プレッシャーにならないようにという、お父様の優しさだったのかもしれませんね。
建設構造物は「やり直しがきかない」
中辻:現場に立ってこられた中で、印象に残っている言葉はありますか。
中村:先々代の言葉だと思いますが、「建設構造物はやり直しがきかない」という言葉です。地面の下の見えない部分で失敗しても、簡単にやり直すことはできません。だからこそ、良いものを造るしか生き残る道はないという発想です。
金村:厳しい言葉ですが、重みがありますね。
中村:お客様の要求以上のものをお返しするのが私たちの生きる道だという意識を強く持っています。「造ったものが物を言う」という考え方が、今も引き継がれています。
建設業の醍醐味は「毎回が新鮮」
中辻:中村さんが感じる建設業の魅力は何ですか。
中村:一人でできる仕事ではないということ、そして同じ構造物であっても、場所が変われば環境が全く異なることです。一緒に働く技能員の方々も毎回違います。
金村:同じことの繰り返しではないのですね。
中村:毎回が新鮮ですし、怖さもあります。土の状態も違えば、鉄筋屋さんや型枠大工さんも異なります。真面目に取り組まなければならないという姿勢は、そうした現場の変数があるからこそ培われたものだと思います。
BIM/CIMを活用した現場の可視化
金村:ここからはDXの取り組みについて伺いたいと思います。
中村:ICTを含め、BIMやCIMには積極的に取り組んでいます。二次元の図面を三次元に変えて可視化することで、構造物の干渉チェックや施工手順の検討が容易になります。
中辻:具体的にどのようなメリットがありますか。
中村:例えば、クレーンの配置を三次元で検討すれば、作業半径を考慮して最適な位置を特定できます。また、看板をどの位置に設置すれば最もアピールできるかといったシミュレーションも可能です。BIM/CIMを「普段使い」できるように社内で取り組んでいます。
マシンコントロールによる施工の精度向上
金村:重機の制御にもデジタルデータを活用されているとか。
中村:マシンコントロールやマシンガイダンスですね。バックホウやタイヤローラーに三次元データを読み込ませることで、丁張をかけなくても正確な掘削や転圧が可能になります。
中辻:熟練の技術が必要なくなるのでしょうか。
中村:掘りすぎを防ぎ、綺麗な法面を形成できます。熟練者の技術は依然として重要ですが、こうしたツールを使うことで、より正確で効率的な作業が可能になっています。まずは若い社員にこれらに慣れてもらうことから始めています。
デジタルとアナログのベストバランス
金村:若手社員にとっては馴染みやすいツールかもしれませんね。
中村:デジタルネイティブな若手はスマホ感覚で使いこなします。一方で、現場には必ずアナログな要素も残ります。デジタルだけでは通用しないのが現場の難しさであり、面白さです。
中辻:ベテランの方々の反応はいかがですか。
中村:最初は遠ざけたいという人もいましたが、若手と一緒に使うことで、便利さや安全性を実感し、前向きに取り組む人が増えています。デジタルとアナログのベストバランスを追求することが、建設業の未来だと考えています。
ベテラン社員による若手向けの勉強会
中辻:技術の継承についてはどのようにお考えですか。
中村:社内で勉強会を定期的に開催しています。ベテランの建築担当者が、若手社員に基礎から教える場を作っています。デジタルが進む一方で、アナログな知識や現場の知恵を疎かにしてはいけません。
金村:どのような方が教えているのですか。
中村:60歳を超えた、学校の講師経験もあるようなベテラン社員です。デジタルで「できた気」になるのではなく、自分の頭で考え、実地で強くなる人間を育てたいと思っています。
「円満なる事業の遂行」という社是
中辻:中村組さんの社是について教えてください。
中村:「円満なる事業の遂行」です。円満にものを造っていく。建設業は、お客様、材料業者、下請け業者など、多くのステークホルダーとの利害関係が絡み合います。
金村:一筋縄ではいかない場面も多そうです。
中村:安く造ってほしいお客様と、適正な利益を得たい私たち。そこには利害の対立がありますが、信頼関係がなければ良い仕事はできません。説明責任を果たし、みんなで同じ目的、同じ方向を向いて進んでいく。それが円満に事業を遂行する秘訣だと思っています。
カーボンニュートラルと次世代への責任
中辻:今後の展望についてはいかがでしょうか。
中村:カーボンニュートラルやZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)への取り組みは避けて通れません。建物を造る際、また運用する際にどれだけ二酸化炭素を排出するかを数値化し、削減していく技術を身につけていく必要があります。
金村:環境への配慮が不可欠な時代ですね。
中村:一方で、私たちが培ってきたアナログな知恵や経験も大切にしたい。デジタルと土、コンピュータと水。これらを両立させることが、将来にわたって必要とされる建設会社であり続ける条件だと考えています。
地域を守る「街の医者」としての役割
中辻:「街の医者」という言葉も大切にされているそうですね。
中村:高度な医療は総合病院へ行けばよいですが、お腹が痛い時や怪我をした時に最初に相談できるのは街の医者です。私たちは地域の建設業として、何か困った時に真っ先に駆けつけ、相談に乗れるホームドクターのような存在でありたい。
金村:災害時の対応なども含まれますか。
中村:災害時の復旧・復興において、地域に根ざした建設会社の役割は非常に大きいです。地域を愛し、地域の人々と共に生きる。そのことが、私たちがこの街で仕事をする本当の価値だと思っています。
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