クラフトバンク総研

仕事と現場の「一期一会」を大切に~那須建設株式会社

更新日:2026/1/10

2024年11月24日(日)15:00~15:55

ゲスト:那須建設株式会社 代表取締役社長 那須暢史さん

採石事業から始まった、創業67年目となる那須建設株式会社。山形県長井市を中心に関東や九州まで全国的に事業を拡大し、災害時の復興支援やボランティア活動にも積極的。常に「誠意と感謝」の気持ちで地域に貢献することを目標にしている企業です。「会社というよりは”大家族”」という、社員を大事にする那須社長に、事業のお話や今後の展望などを伺いました。
(山形県長井市市・おらんだラジオにて収録)

創業67年、総合建設業から林業まで

クラフトバンク中辻(以下、中辻):まずはじめに、那須建設株式会社さんがどのような会社なのか、歴史や強みについてお伺いできますでしょうか。

那須暢史さん(以下、那須):はい。弊社の創業は昭和32年で、今年で67年目になります。仕事の内容としましては、元々総合建設業として土木、建築、住宅と、基本的に何でもやっております。それ以外にも不動産、砕石の骨材販売、土地改良、地質調査、太陽光発電、そして最近は林業のほうにも取り組んでいます。

クラフトバンク田久保(以下、田久保)従業員の方の規模や、拠点についてもお伺いできますか?

那須:本社で従業員が約210名ほどおります。支店は、ここ長井市の本社以外に、山形市、仙台市、福島県の相馬市、新潟県の新潟市、千葉県の木更津市、そして九州の熊本県熊本市にあります。今年の4月からは新たに秋田県の大仙市にも支店を出して、そちらでもお仕事をしています。

全国展開のきっかけは「災害復旧」

中辻:山形県だけにとどまらず、本当に全国で展開されているのですね。熊本など、少し離れた場所に支店があるのは何か理由があるのでしょうか?

那須:元々は東北をメインでやっていたのですが、4〜5年前に九州で災害があった際、お手伝いという形で支店を出させていただきました。千葉のほうも、九州と同時期に東京へ支店を出す予定があり、その流れで開設した形です。

田久保:災害復旧の工事等は全国、東北や山形にとどまらずこなされている、ということでしょうか。

那須:そうですね。災害があればどこへでも行くという形ですね。もともと砕石、砂利販売から始まった会社なのですが、昭和42年の羽越水害が会社の大きな転機になりました。当時の社長、役員、社員全員で災害復旧に尽力したおかげで今の会社があると思っておりますし、災害時の迅速な対応というのがうちの会社の強みだと考えています。

災害と共に歩んだ歴史と企業の使命

田久保:創業から10年ほどで、会社の方向性を決定づける大きな出来事があったのですね。

那須:はい。それ以来、災害があればどこにでもうちもうちの子会社も協力会社もまず駆けつけるという体制をとっています。2022年8月の豪雨災害では、河川の増水で橋が流されたり、田畑が土砂で壊滅的な被害を受けたりと、本当にひどい災害でした。その際も、社員全員がすぐに対応し、長井市だけに関わらず地域全体で動きました。

中辻:事業の比率としては、土木と建築ではどちらが大きいのでしょうか?

那須:だいたい6対4から7対3で土木のほうが多いですね。もともと土木から始まった会社ということもあり、土木にメインを置いている部分はあります。

多様な工種が詰まった、忘れられない現場

中辻:那須社長がこれまで携わられた中で、特に印象的な現場や出来事はありますか?

那須:私も元々は土木の現場管理をしていまして、平成22〜23年頃に担当した長井市の森バイパスという現場が印象に残っています。道路、河川、盛土、土工関係など、本当にいろんな業種が詰まった現場でした。自分自身で言うのもなんですが、よくやったなという思いがあります。ちょうど3月に東日本大震災があり、現場を終わらせるか、災害復旧に行くかという状況で、私は現場の完成を優先させていただき、無事に竣工できたことが本当に印象に残っています。

中辻:那須さんにとって大きな現場だったということでしょうか?

那須:金額的に大きかったというわけではありませんが、様々な工手が入っており土木の集大成というか、これができれば自分の中で一人前かなと最初に預けられたときに思いました。ただ一人ではなく、社員の協力や土木の仲間たちの助けがあったからこその結果だと思っています。

建設業界へ入った意外なきっかけ

中辻:那須社長は、ずっと建設のお仕事をされてきたのですか?

那須:大学を卒業してすぐに今の那須建設に入社したので、もう22年くらいになります。ただ、学生時代は正直まったく建設業に進む気はありませんでした。

高校生の時に漠然と環境問題に興味があって、大学で土木環境工学科というところに入りました。最終的に建設業に入ったきっかけが、「ネクタイをしたくない」ということでした。ネクタイがどうも堅苦しいイメージがあって、外で体を動かせる仕事ということで建設業を選んだのが正直なところです。まさか社長になってネクタイをするようになるとは思っていませんでしたけどね。

創業時から根付く「大家族」の文化

中辻:御社の理念に「会社というより大家族」というフレーズがありますが、これはどのような思いから生まれたのでしょうか。

那須:私がもう入社した時にはそういう雰囲気がありました。創業者が、まだ一軒の家に何人かが住み込みでいるような時代から、社員を家族のように大事にしていきたいという思いを持っていたと聞いています。その思いが今も根付いているのだと思います。

中辻:社長に就任されて、その理念をどのように受け継いでいらっしゃいますか?

那須:なるべく社員に声をかけながら、コミュニケーションを取るように心がけています。本来であれば、仕事の指示などは組織の系統がありますが、声がけに関してはすべての社員に均等にしたいなと思っています。

社員200名を超える「家族」との交流

中辻:社員旅行やイベントなども開催されているのですか?

那須:忘年会や新年会のほか、9月にはボランティア活動の後に芋煮会をします。2年に1回は旅行も企画していますが、コロナの影響でまだ再開できていない状況です。仕事じゃないところでメンバーと触れ合えると、お互いをより知ることができて仲が深まりますよね。

中辻:やはり山形では芋煮会をされるのですね!

那須:やりますね。秋の9月から10月にかけてがシーズンです。

30年近く続く、地域へのボランティア活動

中辻:先ほどお話に出たボランティア活動は、具体的にどのようなことをされているのですか?

那須:福祉施設の草刈りや窓拭き、河原の草刈りなどですね。要望があれば掃除関係のお手伝いもさせていただいています。冬は1月から2月あたりに、施設や個人の住宅の雪下ろしも行っています。

田久保:それは会社の事業としてではなく、ボランティアでされているのですか?

那須:ボランティアですね。私が入社した時からもうやっているので、20年、30年くらいは続けていると思います。本当に会社が家族というだけでなく、地域全体で繋がりがあるような感じですね。

BIM/CIM活用の現状と課題

田久保:現在取り組まれているデジタル化について、主なものを教えていただけますか?

那須:現場単位では、ドローンやレーザースキャナーを活用し、いわゆるBIM/CIMと呼ばれるような形で取り組んでいます。ただ、会社全体としての書類の電子化はまだ進んでいないのが正直なところです。

田久保:BIM/CIMの現場での活用はかなり進んでいるご様子ですが、全社的な推進体制はどのようになっているのでしょうか?

那須:専門部署を作ろうという検討はしていますが、まだ作れてはいないのが現状です。多くない人員で現場をこなしながら、そちらにも取り組むのは難しく、専門部署というよりは、現場業務にプラスアルファで勉強してもらっている形ですね。自社でできない部分は、外部の専門の方にお願いしながら進めています。

デジタル化を支える人材

中辻:新しい技術は、やはり若い方のほうが吸収は早いのでしょうか?

那須:そうですね、若い人間の方が積極的に勉強しています。ただ、建設業としてICT化を進める上で、現場の基礎を知らないまま特化していくのはダメだと思っています。昔からのやり方が決して間違っているわけではないので、そこを理解した上でICTに取り組めるような方向に進めたいですね。

田久保:ベテランの知識と若手の技術、その両輪が大切なのですね。

那須:はい。現場の基礎を持っている年配の社員と、デジタル化に特化した若手、この両者がうまく融合してくれれば、会社にとって大きなプラスになると思っています。

生産性を変えた技術と変えられない業務

田久保:導入した中で、劇的に生産性が変わった、という取り組みはありますか?

那須:現場に入る前の着工前測量ですね。以前は山の現場などでは1週間かかることもありましたが、今ではドローンで写真を撮って解析することで完了するので、この部分にかかる時間は本当に早くなったと感じます。

中辻:一方で、書類関係のデジタル化は大変だとおっしゃっていましたね。

那須:そうですね。発注者さんから求められる書類も、まだ紙で必要な部分もありますし、取引先との兼ね合いもあります。一社だけがペーパーレス化しても終わりではないですから。国や県に提出する書類もありますし、すべてが変わらないと、一気に変えるのは難しいですね。

完全週休2日制への道のり

田久保:昨年度から完全週休2日制を導入されたそうですが、この地域では早い方だったのではないでしょうか。

那須:そうかもしれません。もともとこの地域の建設業は、ゴールデンウィークやお盆、年末年始に長期の休みを取る習慣がありました。その長期休暇を少し減らす形で、土曜日の休みに振り分けた形です。

中辻:社員さんの反応はいかがでしたか?

那須:休みで良かったという声もあれば、複雑な思いを抱えている者もいます。特に土木の現場は天候に左右されるので、平日に雨で休んで、晴れた土日に仕事ができないというのは、現場に携わる人間からすれば、もどかしい部分があるようです。

伝統と革新で描く未来

中辻:採用も積極的にされていますが、人材が集まる理由は何だと思われますか?

那須:うちだけが特別に集まっているとは思っていませんが、先代、先々代から「来るもの拒まず、去るもの追わず」という考えが基本にあります。現在は中途採用が多く、業界未経験の方もいらっしゃいます。

田久保:今後、どのような取り組みに力を入れていきたいですか?

那須:もちろんデジタル化は進めますが、それだけにとらわれるつもりはありません。昔ながらのアナログ的なやり方が良いのであれば、それと併用していきます。建設業の凝り固まった考え方を、若い人たちの意見も取り入れながら変えていきたい。枠にとらわれず、新しいことに色々取り組んでみたいと思っています。

社長の休日と意外な趣味

中辻:週休2日制になりましたが、社長ご自身は、お休みの日は何をされているんですか?那須:最近はゴルフをすることが多いですね。普段、車での移動が多く体を動かす機会がないので、休日はなるべく体を動かしたいなと思っています。コースの面白さもありますが、個人的にはお昼ご飯が楽しみで。「あそこは美味しいよ」と聞くと、行ってみたくなりますね。田久保:冬の間はこちらではプレーできないですよね?那須:山形県内は無理ですね。なので宮城や福島に行ったり、もっと南まで遠征することもあります。なかなか自主練する場所もないので。

社長就任と視点の変化

中辻:昨年、社長に就任されてから、ご自身の中で何か変化はありましたか?

那須:やはり考え方は変わりましたね。昔は一つの現場を見ていればよかったのが、会社全体を見ることになったので。現場は本当に好きなんですけど、会社全体を見ると、やはり一つだけにこだわってはいられないな、と感じます。

中辻:例えば展示会などで「これを使いたい」と思っても、コストパフォーマンスなどを考えて悩む、といったお話も先ほどされていましたね。

那須:はい。まだまだ周りの社長さんや先代の社長と比べると、自分に足りない部分、成長しきれていない部分があるので、早く皆に認められるような社長になりたいなと思っています。

建設業の枠を越えた挑戦

中辻:今後、社長として、あるいは会社としてやってみたいことはありますか?那須:建設業という固定の枠だけにとらわれず、色々なことをやってみたいですね。実は今、個人的な活動として、地元の若い経営者仲間4人くらいで焼肉屋もやっているんです。異業種をやることで、建設業だけでは得られない考え方や、いろんなものを勉強して、これからの会社の成長、地域の成長に尽力していきたいなと思います。
会社の企業理念の一つに「一期一会」というものがあります。現場一つひとつが違うもので、同じ現場というのは二度とない。だからこそ、この一つの現場に対して全力で取り組もうという考え方です。そこだけは変えたくないなと思っています。
中辻:焼肉屋さんですか!どちらにあるんですか?那須:長井市の成田地区にある「はぎ苑」という建物の一角で、「焼肉 黒獅子」という名前でやっています。月曜日と火曜日が定休日で、夜だけ営業していますので、ぜひお越しください。

突然の打診から始まった社長への道

中辻:那須社長ご自身は、将来的に社長になられるというイメージはあったのでしょうか?

那須:いえ、入社した時はまったく考えていませんでした。入社5年目に結婚して婿入りし、今の立場になったのですが、その時も軽い気持ちでした。社長になる前の年のお盆くらいに、本当に普通の会話の中から「お前にやってみるか」という話をされて。

田久保:かなり急なお話だったのですね。

那須:半分不安だけど、半分は「やりたい」という気持ちを伝えて、急遽社長になることが決まりました。もっと準備期間があると思っていたのですが、時間をおくと色々悩んでしまうので、かえって良かったのかもしれません。

 那須建設株式会社  https://nas-con.jp/
エフエムい~じゃん おらんだラジオ  https://oranda-radio.jp/

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