「つくる人をつくる」建設からラム酒まで広がる挑戦~株式会社佐平建設
更新日:2026/1/14
▼目次
- 1 創業60年を超える歩みと多角的な事業展開
- 2 祖父から父へ、そして三代目への継承
- 3 沖縄特有の二世帯住宅リフォーム需要
- 4 民間建築が売上の7割を占める事業構造
- 5 ラム酒事業への挑戦とサトウキビの活用
- 6 建設会社が酒造免許を取得する意義
- 7 東京の法律事務所から建設業界への転身
- 8 宅建取得と不動産事業の立ち上げ
- 9 サッカー一筋だった少年時代と家業への想い
- 10 建築・土木という仕事のダイナミズム
- 11 世界的芸術家のアトリエ建設という挑戦
- 12 14年前から進めていたペーパーレス化
- 13 拠点間を繋ぐウェブ会議システムの活用
- 14 施工管理ソフトの導入と現場への浸透
- 15 現場の声を優先する「水平展開」のスタイル
- 16 ドローン測量やICT建機への期待
- 17 「作る人を作る」経営理念の実践
- 18 ラム酒から広がる観光農業の構想
2025年11月23日(日)15:00~15:55
株式会社佐平建設 代表取締役 社長・佐平 龍太さん
沖縄県の離島・宮古島で創業し、現在は那覇市に本社を構える株式会社佐平建設。公共工事から民間工事まで、建築・土木工事全般を請け負い、事業を拡大しています。佐平社長は20代の頃、東京でまったく異なる仕事に従事していましたが、大好きな宮古島を盛り上げたいという思いから沖縄へ戻り、地域のために奮闘中。建設事業にとどまらず、不動産業や飲食業、農業関連事業などにも挑戦を続けています。番組では、沖縄ならではの建設のあり方、さらに宮古島産サトウキビ糖蜜100%を使用したラム酒づくりについても、たっぷりと語っていただきました。
■株式会社佐平建設 https://www.sahira.jp/

創業60年を超える歩みと多角的な事業展開
クラフトバンク中辻(以下、中辻):株式会社佐平建設がどのようなことをされている会社なのか、その沿革や歴史、事業内容について教えていただけますか。
佐平 龍太さん(以下、佐平):佐平建設は1964年、今から61年前に私の祖父である佐平カツオが創業しました。現在は62期目に突入しており、宮古島で創業して今は沖縄本島でも仕事をしています。事業内容は建築工事と土木工事がメインです。国や県、市町村発注の公共工事もやりますし、宮古島で盛んな民間工事、特に住宅や宿泊施設、リゾート系の依頼も多くいただいています。
中辻:宮古島だけでなく沖縄本島でも展開され、公共から民間まで幅広く手がけられているのですね。
佐平:他にも不動産業や、沖縄で有名なブルーシールアイスクリームのフランチャイズ運営もしています。最近では酒造免許を取って、サトウキビを原料にしたラム酒の製造販売を今年の3月から開始しました。準備に3年ほどかけましたが、ようやくリリースできました。建設・土木を軸にしながら、地域のためになることには積極的に挑戦し、還元できるように取り組んでいます。
祖父から父へ、そして三代目への継承
中辻:アイスクリームやラム酒など、建設業の枠を超えた多角的な展開は非常に興味深いです。元々は、おじいさまが宮古島で創業されたのですね。
佐平:祖父は元々大工で、建築大工からスタートしました。当時は木造建築が主だったので、宮古島地域の住宅を祖父自身がカンナを削ったり玄翁を叩いたりして作り続けてきました。二代目の父は一級建築士で、祖父が60歳、父が35歳の時に代を譲り受けました。結構早いタイミングでの交代だったようです。
中辻:お父さまの代でさらに事業を拡大されたのでしょうか。
佐平:佐平建設を沖縄本島に進出させたのも父ですし、土木工事や多角経営の基盤を築いたのも父です。宮古島から本島へ出て、事業規模の拡大と多角化の基礎を作ってくれました。私は14年前に、29歳の時に佐平建設に入り、2年前の40歳の時に三代目社長に就任しました。
中辻:お父さまが築かれた基盤を引き継ぎ、佐平さんの代でさらに新しい色が加わっているのですね。
沖縄特有の二世帯住宅リフォーム需要
中辻:公共の建築土木だけでなく、住宅も手がけられています。ホームページを拝見すると、リフォームやリノベーションが非常におしゃれですね。
佐平:沖縄本島では特にリフォームやリノベーションの需要が多いです。修繕的なものではなく、二世帯住宅へのリフォームが中心です。ご両親が二階建ての大きな家を持っていて、本土などから帰ってきた長男夫婦が一緒に住むことになった際、土地を買って新築するのは高いので、既存の家に外階段をつけて水回りを増やし、二世帯にするというケースが非常に多いです。
中辻:沖縄ならではの文化や家族の形態が、住宅のニーズにも反映されているのですね。
佐平:間取りの提案や設備、階段の増設など、結構ボリュームのあるリフォームになります。二世帯リノベーションに特化したマーケティングも行っており、沖縄本島では問い合わせが非常に多いです。親世帯と子世帯で意見が食い違うこともありますが、どれくらい交わることを許容するかなど、ご家族ごとの条件や性格に合わせて丁寧にプランを提案しています。
民間建築が売上の7割を占める事業構造
中辻:公共工事と民間工事、それぞれの比率はどのようになっているのでしょうか。
佐平:件数的にも完工高ベースでも、民間の建築が圧倒的に多いです。売上の6割から7割くらいは、リフォームと新築を合わせた民間建築が占めています。残りが土木という構成ですね。
中辻:施工実績を拝見しても非常に多岐にわたっていますが、民間主体の構造なのですね。宮古島という地で歴史を積み重ねてこられた重みを感じます。
佐平:建築も土木も色々なことを手がけてきました。自分たちらしく挑戦し続けたいと思っています。
ラム酒事業への挑戦とサトウキビの活用
中辻:多角経営の中でも特に気になるのがラム酒です。なぜラム酒作りを始めようと思われたのですか。
佐平:きっかけは巡り合わせです。20年以上前、宮古島に国がお金を出して作ったエタノール製造施設がありました。ガソリンに3%のエタノールを混ぜる「E3」という燃料を作り、環境負荷を低減する実証実験のための施設でしたが、民間企業が撤退したり、国から宮古島市に譲渡されたりと変遷がありました。
中辻:その施設を活用してほしいという話が、お父さまのところへ来たのですね。
佐平:父は「使う」と二つ返事で引き受けました。最初は建設会社として、エネルギーや燃料として地域のためにできることはないかと考えたようです。コロナ前はサトウキビの糖蜜を原料に、植物由来の消毒液を作って地元やネットで販売していました。しかし、コスト面や収支の面で苦労していた時、本土や海外の酒造メーカーから「この施設で酒の原酒を作らせてくれ」という営業がたくさん来たんです。
中辻:素晴らしい設備があったからこそ、酒造としての注目が集まったのですね。
佐平:蒸留機械や発酵機械がすごい施設なんです。他社に貸すくらいなら「自分たちで作った方がいいんじゃないか」という話になり、酒造りが始まりました。沖縄なら泡盛ですが、ここで泡盛を作るのは違うなと。沖縄はサトウキビ農業が盛んですから、サトウキビを原料とするラム酒にたどり着きました。サトウキビ原料のラム酒なら「沖縄といえばラム酒」と言われるような文化を作れるのではないかという構想が浮かんできました。
建設会社が酒造免許を取得する意義
中辻:佐平建設という名前で酒造免許を取られたのですか。
佐平:はい。佐平建設で製造販売免許をしっかりと取得して運営しています。建設会社がなぜお酒を、と言われることもありますが、新しいことに挑戦するのは良いことだと思っています。将来的には別会社にする可能性もありますが、今は建設会社として取り組んでいます。
中辻:地域への還元やSDGs的な観点からも、宮古島産のサトウキビを100%使ったラム酒造りは素晴らしいストーリーですね。
佐平:実際にやってみると、お酒は奥が深くて面白いです。私自身、最初はラム酒を飲んだことがなかったのですが、自分で作るようになってから他社さんの製品を買い集めて飲み比べるようになりました。地元の同業メーカーさんともタイアップして、市場を開拓していきたいと考えています。課題は山積みで利益はまだこれからですが、楽しく取り組んでいます。
東京の法律事務所から建設業界への転身
中辻:佐平さんご自身は、最初から家業を継ぐつもりだったのでしょうか。
佐平:全く考えていませんでした。大学まで沖縄本島で過ごし、その後は東京に行きたくて、新宿の司法書士事務所で6年ほど働いていました。大学でも法律を学んでいたので。
中辻:東京で法律の仕事をされていたのですね。そこから宮古島に戻る決意をしたきっかけは何だったのですか。
佐平:30歳を前にして、このままこの仕事を続けるのかという思いと、やはり家業を意識する部分がありました。祖父が作り、父が大きくした会社を、自分は関係なく過ごしていていいのかという感情が湧き起こってきたんです。意を決して父に電話をし、一度宮古に帰って、二人で初めてお酒を飲みながら話をしました。
中辻:お父さまとはどのようなお話をされたのでしょうか。
佐平:建設の経験も知識もありませんでしたが、佐平建設に入りたいと伝えました。父からは「お前がわかるさ。自分で決めなさい」とだけ言われました。これまで「入れ」と言われたことは一度もなかったのですが、そのスタイルで私に任せてくれました。父が本当はどう思っていたかはわかりませんが、私自身の意志で戻ることを決めました。
宅建取得と不動産事業の立ち上げ
中辻:29歳で戻られてから、まずはどのようなお仕事をされたのですか。
佐平:那覇に引っ越して、営業や総務、人事の仕事を10年ほど経験しました。東京にいる間に宅建の免許を取っていたので、それが活きました。司法書士事務所で働きながら勉強して取ったんです。
中辻:その資格が戻ってから役に立ったのですね。
佐平:はい。不動産事業を立ち上げて、仲介や買い取りなどの業務を行いながら、建設業の営業も担当しました。10年間の修行を経て、2年前、40歳の時に社長に就任しました。
中辻:法律の知識や不動産の経験は、現在の多角的な経営判断にも大きく活きているのではないでしょうか。
サッカー一筋だった少年時代と家業への想い
中辻:子供の頃から、将来は社長になるといった自覚はなかったのですか。
佐平:本当に全然なかったです。ずっとサッカーばかりしていました。Jリーガーになりたかったし、大学まで本気でサッカーを続けていました。中学くらいでプロの夢は諦めましたが、それでもサッカーが好きでずっと打ち込んでいました。
中辻:スポーツに打ち込んでいた時期から、20代後半で人生を真剣に考え、異業種である家業へ飛び込まれたのですね。
佐平:家業とはいえ、法律の仕事とは全くの異業種ですから。最初は苦労もありましたし、恥をかいたり怒られたりもしました。でも、苦労を感じたことはあまりないんです。負けず嫌いなので、怒られたら「見返してやろう」と思いますし、恥をかいたら「次はちゃんとやろう」と思うだけでした。
建築・土木という仕事のダイナミズム
中辻:建設業界に入ってみて、改めて感じたこの仕事の魅力は何ですか。
佐平:やはり形に残る部分です。自分自身もそうですが、社員も「この建物はお父さんが作ったんだよ」「この道路はお父さんたちが作ったんだよ」と子供たちに誇れる。そして、現場には100名以上の職人さんが入り、みんなで一つのものを作り上げる。
中辻:大勢の力が集結して完成する達成感は、何物にも代えがたいですよね。
佐平:危険も伴う仕事ですから、1年ほどの工期を無事に終えた時の達成感や、安堵した表情で乾杯する時の雰囲気は最高です。本当にいい仕事だなと感じます。
世界的芸術家のアトリエ建設という挑戦
中辻:これまで手がけられた案件の中で、特に印象に残っているものはありますか。
佐平:3年前に宮古島で手がけた、世界的芸術家の方のアトリエ兼別荘です。宇宙船のような真っ白で丸い、非常に特殊な形状の建物でした。ホームページにも載せていますが、最初に図面を見た時は「うちには作れないんじゃないか」と現場がざわつきました。
中辻:そのような特殊な建築を、どのようにして形にしていったのでしょうか。
佐平:私は技術者ではないので、何度も会議を重ねて「どうすればいけるか」を話し合いました。見積もりも見直し、現場の「やってやろう」というエネルギーが決め手になりました。私が無理やりやらせたのではなく、みんなが挑戦したいと言ってくれたんです。私は資金繰りを含め、会社として支える立場に徹しました。
中辻:完成した時の反響も大きかったのではないでしょうか。
佐平:1年半ほどかかりましたが、完成後は有名な雑誌に載ったり、施主様からもお褒めの言葉をいただいたりしました。色々な方が見に来て「佐平建設さんが作ったの?すごいね」と言われるたびに、社員の自信にも繋がりました。自分たちがこれを作ったんだという自負を持てたことは、大きな財産です。
14年前から進めていたペーパーレス化
中辻:ここからはデジタルの取り組みについてお伺いします。佐平建設ではどのようなDXを進めていますか。
佐平:まずは基本的なペーパーレス化です。かなり早い段階から取り組んでいて、独自のサーバーを宮古島と沖縄本島のそれぞれに設置し、書類を電子化して共有しています。建設業はとにかく書類が多いですから、現場ごとの書類管理を電子化するのは必須でした。
中辻:宮古島と本島、海を隔てた拠点間での情報共有は非常に重要ですよね。
佐平:私が戻ってきた14年前にはすでに進んでいました。当初は今ほど効率的ではありませんでしたが、アクセスしやすさやセキュリティ、文書の分類など、10年かけて充実させてきました。実は私の義理の兄が元システムエンジニアで、彼が佐平建設にいた頃に土台を築いてくれたんです。
中辻:専門知識を持つ方が社内にいらしたことで、早い段階でのデジタル化が可能になったのですね。
佐平:兄が作った礎を私が引き継ぎ、継続しています。他にも、FAXを紙で出すのではなくパソコン上のデータで送受信する仕組みも取り入れています。
拠点間を繋ぐウェブ会議システムの活用
中辻:宮古島と沖縄本島、二つの拠点をどのように管理されているのでしょうか。
佐平:役員や管理職がそれぞれの拠点にいますので、その間の会議や、現場と事務所のやり取りにはウェブ会議システムを活用しています。現場の状況確認も、わざわざ移動せずに行えるのは大きいです。
中辻:移動時間を削減できるのは、特に島をまたぐ経営においては画期的ですね。
佐平:現場に行きたい気持ちはありますが、時間的に行けない時はウェブ会議で対応します。建築も土木も案件が多いので、効率化は欠かせません。
施工管理ソフトの導入と現場への浸透
中辻:現場でのツール導入についても教えていただけますか。
佐平:3、4年前から施工管理ソフトを導入しました。写真管理、図面のやり取り、議事録作成などを一元化しています。下請けの業者さんにもアカウントを作成してもらい、現場ごとのフォルダにアクセスして、図面の更新などをリアルタイムで見てもらえるようにしています。
中辻:業者さんも巻き込んでのデジタル化は、浸透させるまでに苦労もあったのではないですか。
佐平:浸透するまでに時間はかかりました。みんな紙の図面を持って歩くのが当たり前でしたから、急にiPadでと言われても最初は戸惑いがありました。でも、若手社員は慣れるのが早いですし、年配の職人さんにも「こうやって使うんだよ」と地道にレクチャーを続けてきました。
中辻:諦めずに継続することが、浸透の鍵なのですね。
佐平:せっかくお金をかけて導入したものですから、以前のやり方に戻ってしまうのはもったいない。現場から「これがあった方が効率がいいよね」と思ってもらえるよう、しつこく使い続けてきました。今ではようやく当たり前のものとして定着してきたと感じます。
現場の声を優先する「水平展開」のスタイル
中辻:デジタル化のアイデアは、社長から提案されることが多いのでしょうか。
佐平:私が展示会などで見つけてきた情報を管理職に流し、現場の状況に合わせて検討してもらいます。私から「これを使え」と押し付けることはしません。現場が一番足りないものを分かっていますから。
中辻:現場の意志を尊重されているのですね。
佐平:「やってみなはれ」の精神です。それほど高額でなければ、まずは現場で試してもらいます。そこで成果が出れば、他の現場にも水平展開していく。現場が「いい」と言ったものを、私は決済するだけです。バランスを見ながらですが、次の世代が仕事をしやすくなるように取り組んでいます。
ドローン測量やICT建機への期待
中辻:今後、さらに着手したいデジタル技術はありますか。
佐平:ドローンでの測量やICT建機の活用です。まだ弱い部分もありますが、これからスタンダードになっていく技術ですから、積極的に取り組みたいです。ベテラン社員の技術も大切ですが、人手不足が加速する中で、若手が効率よく動ける環境を作らなければなりません。
中辻:土木分野では特に、遠隔操作や自動化も進んでいますね。
佐平:今取り組んでおかないと、将来的に厳しくなると思っています。管理職と協力しながら、新しい技術を会社全体で受け入れ、実行していくスタンスを大切にしたいです。アンテナは常に張っています。
「作る人を作る」経営理念の実践
中辻:佐平建設が未来に向けて目指していることを教えてください。
佐平:父が作った経営理念に「作る人を作る」という言葉があります。人にフォーカスした理念です。私はこの言葉を大切にしています。自分を支えてくれる社員、家族、友人、そして地域の人たち。人への感謝を忘れずにいたい。
中辻:人との繋がりを軸に、さらなる挑戦を続けていかれるのですね。
佐平:祖父や父が築いた歴史の系譜があり、今の私があります。受けた恩は忘れず、自分がかけた恩は水に流す。そんな気持ちで、人との縁を大切にしていきたいです。
ラム酒から広がる観光農業の構想
中辻:ラム酒事業の先には、どのようなビジョンを描いていますか。
佐平:ラム酒を基軸に、農業関連事業も広げていきたいです。実は今、ラム酒工場の隣でヤギを40頭ほど試験的に飼っています。沖縄ではヤギ汁やヤギそばなど食文化が盛んですから。
中辻:ヤギですか。お酒とヤギ、さらに他の要素も組み合わさるのでしょうか。
佐平:お酒、動物、食を組み合わせた「ファーマーズマーケット」のような場所を作りたいと考えています。私たちが作ったヤギのチーズやラム酒、他の農家さんの野菜も集まる。観光客がキャンピングカーで来てキャンプができるような、宮古島に少ない「子供たちが遊べる場所」も作りたいです。
中辻:宮古島の方にとっても、観光客にとっても魅力的なスポットになりそうですね。
佐平:建設会社ですから、自分たちでハードは作れます。そこにソフトを組み合わせて、地域に新しい価値を創造したい。地域への還元、貢献という軸はぶらさずに、宮古島や沖縄のために何ができるかを常に模索し、挑戦し続けていきたいです。
中辻:ハードもソフトも手がけられる強みを活かした、壮大なプロジェクトですね。
佐平:一人の力ではできませんが、周りの力、外部の力も借りながら、宮古島にとって良いものを形にしていきたい。それが私のこれからの仕事だと思っています。
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