仕事はやがて原風景になる~山陽建設株式会社
更新日:2026/1/14
▼目次
- 1 昭和24年創業、三原を拠点に歩む76年
- 2 広島から千葉まで、陸と海を支える事業エリア
- 3 令和5年完成の社屋、災害時の一時避難場所としての役割
- 4 地域に開かれた「サンフォレスタ」と住宅展示スペース
- 5 40トンクレーン船と新造浚渫船「23浮城号」
- 6 海上起重機船の特殊な技術とメリット
- 7 港湾土木から陸上土木へ、幅広い施工管理の経験
- 8 法律の壁を乗り越えるためのデジタル活用
- 9 建設業界へ入るきっかけとなった「瀬戸大橋」への感動
- 10 地元・三原で形に残るものを作りたい
- 11 「仕事はやがて原風景になる」というキャッチコピーへの共感
- 12 i-Constructionの先駆け、衝撃だった「ワンオペ測量」
- 13 自身の初期投資でデジタル化に踏み込む
- 14 フィルムカメラからデジカメ、そして仮想空間へ
- 15 秋バイパスの狭小ヤードでの難工事
- 16 BIM/CIMを活用した4基同時施工のシミュレーション
- 17 衛星測量の進化と精度へのこだわり
- 18 「建設ディレクター」と共に進める内製化
- 19 デジタル化への抵抗と、それを乗り越える工夫
- 20 「SyncRimote」を活用した遠隔臨場と教育
- 21 勤怠管理のデジタル化と働き方改革
- 22 クラウドでの写真管理と自動振り分け
- 23 浚渫工事における「施工履歴データ」の活用
- 24 3Dプリンターで構造物を作る未来
2025年6月1日(日)15:00~15:55
ゲスト:山陽建設株式会社 土木統括部 工事部 工事課課長・大本義郎さん
昭和24年、河川護岸を中心とした土木工事をはじまりとする山陽建設株式会社。陸上・港湾土木、学校・病院・商業施設・工場の建築など、地域の要望に応えるかたちで幅広く事業展開してきました。幼き頃、完成したばかりの瀬戸大橋を渡ったことが、建設の世界を目指すきっかけだったという大本課長。これまで手掛けてきた現場のこと、社内のDX化についてなど、たっぷりと聞かせていただきました。(広島県三原市 FMみはらにて収録)
昭和24年創業、三原を拠点に歩む76年
クラフトバンク津吉(以下、津吉):まずは山陽建設さんについて伺いたいのですが、創業は昭和24年、1949年ということで、今年で76年目になりますね。
大本義郎さん(以下、大本):そうですね。土木工事を中心に事業を展開してきました。
津吉:具体的に土木の分野ではどういった工事を行っているのでしょうか。
大本:陸上土木をはじめ、港湾土木、そして浚渫工事も行っています。
クラフトバンク田久保(以下、田久保):海と陸の両方がある建設会社というのは、非常に珍しいですよね。
大本:そうですね。珍しいと思います。
広島から千葉まで、陸と海を支える事業エリア
津吉:工事の対応エリアは広島が中心になるのでしょうか。
大本:広島が多いですが、千葉の方にも支店があります。
津吉:従業員の方は現在128名いらっしゃると伺いました。大本さんは入社されて何年くらいになりますか。
大本:24、25年くらいですね。新卒で入社しました。
津吉:ずっと土木の部門で活躍されてきたのですね。
大本:はい、ずっと土木部門の工事に携わってきました。
令和5年完成の社屋、災害時の一時避難場所としての役割
津吉:最近、新しい社屋になられたそうですね。
大本:令和5年の4月に完成しました。非常に良い環境で、皆喜んでいます。
津吉:旧社屋から大きく変わった点はありますか。
大本:災害に対応した社屋になったことです。三原市とも災害時における施設利用に関する協定を結んでいます。
田久保:具体的にはどのような協定なのですか。
大本:災害時の一時避難場所として、4階の一部を使えるようになっています。
津吉:4階建ての立派な社屋ですね。
地域に開かれた「サンフォレスタ」と住宅展示スペース
津吉:一般の方も利用できる施設が併設されていると伺いました。
大本:1階に「サンフォレスタ」という名称でカフェを営んでおり、一般の方も利用可能です。ぜひ来ていただけると嬉しいです。
田久保:国道沿いで非常に目立つ場所にありますよね。
大本:国道沿いにあります。カフェに隣接して、住宅展示スペースもあります。キッチンやトイレなどのショールームになっていて、楽しんでいただけるスペースです。
津吉:土木が中心かと思っていましたが、建築の分野でも工事を担っているのですね。
大本:非住宅も住宅も両方手がけている、総合建設業という形になります。
40トンクレーン船と新造浚渫船「23浮城号」
田久保:海の仕事についてですが、全国的にも珍しい設備をお持ちだとか。
大本:船上にクレーンが載った「海上起重機船」を保有しています。吊り能力は40トンあります。
津吉:さらに令和5年には新しい浚渫船も新造されたそうですね。
大本:「23浮城号(ふじょうごう)」というバックホウ浚渫船を新造しました。
津吉:どういったエリアで活躍しているのですか。
大本:東京湾を中心に、北は福島から西は神奈川県までの地域で稼働しています。
田久保:拠点は千葉の方にあるのですか。
大本:はい、千葉の方を拠点に活動しています。
海上起重機船の特殊な技術とメリット
田久保:海上起重機船とは、具体的にどのような船なのですか。
大本:台船の上にクレーンが載っています。全旋回ができるクレーンを搭載しており、海から岸壁、あるいは陸上のものまで吊り上げることが可能です。
津吉:使う重機や資産が陸上とは全く異なりますね。
大本:そうですね。保有している会社も少ないと思います。
田久保:瀬戸内海でも動いているのですか。
大本:瀬戸内海では海上起重機船のクレーン船が稼働しています。非常にメリットのある特殊な技術です。
港湾土木から陸上土木へ、幅広い施工管理の経験
津吉:大本さんご自身は、入社してからどのようなお仕事をされてきたのですか。
大本:最初は港湾土木に着任し、17年ほど港湾に携わりました。
津吉:その後は陸上の工事に移られたのですか。
大本:はい、橋梁の下部工事や道路改良工事などを手がけてきました。
津吉:バックホウ浚渫船に乗ることもあるのですか。
大本:乗るというよりは、その船を使って施工管理を行う形ですね。
津吉:河川と道路では、施工管理において全く異なる点が多いのではないですか。
大本:自然環境も違いますし、道路交通法があれば港湾の法律もあります。海の仕事は海の仕事として、多くのことを勉強してきました。
法律の壁を乗り越えるためのデジタル活用
田久保:多くの法律や文献を確認しながらの作業になるのですね。
大本:今でも分からないことがあるので、書面や文献を見ながら確認しています。全てを覚えているわけではありませんが、「ここに書いてあるはずだ」と調べて進めています。
津吉:デジタル化によって、そういった情報の取得や調べ方は変わりましたか。
大本:SNSなどで教えてもらったり、自分で扉を叩いて情報を探しに行ったりしています。それが今の自分のスタンスです。
田久保:自らスキルを身につけていく姿勢が素晴らしいですね。
大本:自分から聞きに行ったり探したりして、知識を蓄積しています。
建設業界へ入るきっかけとなった「瀬戸大橋」への感動
津吉:建設業界に入ったきっかけは何だったのでしょうか。
大本:中学2年生の頃、家族で瀬戸大橋を渡った時に非常に感動したんです。「マジですげえな」と。
田久保:開通したばかりの頃ですか。
大本:開通して間もない頃で、大渋滞だったんです。今はスムーズに通れますが、当時は料金所で大渋滞していて。
津吉:のろのろ運転だったのですね。
大本:歩くようなスピードで進みながら、橋の大きさを実感して感動しました。「どうやってこんな橋を架けるんだろう」と興味を持ち始めたのがきっかけです。
地元・三原で形に残るものを作りたい
津吉:大本さんは三原市のご出身なのですね。
大本:三原が生まれ故郷です。
津吉:その時の感動が、地元の建設会社に入る決め手になったのですか。
大本:元々ものづくりが得意で、工作などが好きだったんです。形あるものを作れる仕事がしたいという思いがありました。
田久保:三原市には他にも建設会社があると思いますが、山陽建設を選んだ理由は。
大本:学校の先生が「山陽建設に入ったら間違いない」と言ってくれたことが大きかったですね。
津吉:当時の先生の言葉通り、長く活躍されていますね。
「仕事はやがて原風景になる」というキャッチコピーへの共感
津吉:山陽建設の「仕事はやがて原風景になる」というキャッチコピー、素敵ですよね。
大本:まさに瀬戸大橋で自分が感じた感動が、そのままコピーになっているような感覚です。
田久保:実際に長く従事されてきて、建設業のやりがいはどこに感じますか。
大本:デジタル技術を取り入れた施工管理を行うことが、今の建設業のかっこよさだと感じています。
津吉:入社当時はデジタル化は進んでいなかったですよね。
大本:全く浸透していませんでしたね。肌で「すごい」と感じ始めたのは平成27年頃からです。
i-Constructionの先駆け、衝撃だった「ワンオペ測量」
大本:i-Constructionの先駆けとなる情報化施工が始まったのが、平成27年頃でした。
津吉:何が一番衝撃的だったのですか。
大本:一人で測量できることです。ワンオペレーションですね。
田久保:以前は何人で行っていたのですか。
大本:最低でも2人、物を運ぶなら3人必要でした。それが一人でできるようになったのは、本当に感動的でした。
津吉:仕事が楽になったという感覚ですか。
大本:楽になったというより、可能性を感じました。これからもっと面白くなるんだろうなというワクワク感がありました。
自身の初期投資でデジタル化に踏み込む
田久保:デジタル化に対して、自分の仕事が奪われるような抵抗感はありませんでしたか。
大本:全くなかったです。逆にウェルカムでしたね。
津吉:習熟も早かったのではないですか。
大本:自分で初期投資をして、パソコンを買って勉強したりしました。
田久保:ご自宅でもされていたのですか。
大本:当時は会社にパソコンがなかったので、自前で用意してやってみました。
津吉:大本さんは社内でもかなり先進的に取り組まれてきたのですね。
大本:発注者からも新しいことを求められますので、絶対に断らない、できないと言わないと決めて取り組んできました。
フィルムカメラからデジカメ、そして仮想空間へ
大本:入社当時はデジカメすらなく、フィルムで写真を撮っていました。
田久保:現像するまで結果が分からない時代ですね。
大本:無駄な写真を撮って怒られたり、半分しか写っていなかったり。そこから今のテクノロジーへの進化は感動的です。
津吉:その場で確認できて、不要なものは消せる。それだけでも大きな変化ですね。
大本:今ではBIM/CIMなど、さらにデジタルが発展しています。
田久保:仮想空間で何かが動くなんて、昔はありえないことでしたよね。
秋バイパスの狭小ヤードでの難工事
津吉:デジタル技術の活用で、特に印象に残っている現場はありますか。
大本:令和元年度の完成工事ですが、広島市内の秋バイパスの現場です。
田久保:どういった現場だったのですか。
大本:施工幅が30メートル、延長が15メートルという、非常に狭い施工ヤードでした。
津吉:通常はどれくらいの広さがあるものなのですか。
大本:あればあるほど良いですが、条件によっては100メートルある現場もあります。そこは橋脚を4基同時に建てる工事でした。
田久保:狭い場所で4基同時というのは、かなり特殊ですよね。
BIM/CIMを活用した4基同時施工のシミュレーション
大本:4基同時に施工しないと工期が間に合わなかったんです。非常にリスキーな挑戦でした。
津吉:そこでデジタル技術をどう活用したのですか。
大本:BIM/CIMを使って、重機が本当に配置できるのか、安全に作業ができるのかを仮想空間で何度もシミュレーションしました。
田久保:重機の干渉などを事前に確認したのですね。
大本:はい。大きな重機を運んできて、「やっぱり入りませんでした」では済まされないので。
津吉:シミュレーション通りにいった時の達成感は凄そうですね。
大本:令和元年の頃には測量技術も今の精度に近くなっていましたので、自信を持って進めることができました。
衛星測量の進化と精度へのこだわり
津吉:測量技術も日進月歩で進化しているのですね。
大本:精度の担保が非常に重要です。昔はアメリカのGPSだけでしたが、今は中国の衛星や日本の「みちびき」も拾えるようになっています。
田久保:複数の衛星を使うことで精度が上がるのですか。
大本:そうです。衛星の数が増えることで、より確実な測量が可能になります。
津吉:工期はどれくらいだったのですか。
大本:約1年でした。通常なら1年半はかかる規模ですが、デジタル活用で30%ほど短縮できました。
田久保:終わった時はどのような状態でしたか。
大本:極限の緊張状態だったので、終わった時は放心状態でしたね。
「建設ディレクター」と共に進める内製化
津吉:現在はどのような取り組みをされているのですか。
大本:「建設ディレクター」という認定資格を持った社員と一緒に、DXを進めています。
田久保:社内での内製化を目指しているのですね。
大本:はい、3次元設計データの作成やBIM/CIM活用のサポートを社内で行えるよう頑張っています。
津吉:大本さんは「建設DX担当」という名刺をお持ちですね。
大本:はい。社内で私一人が担当としてサポートを行っています。
田久保:三原だけでなく、他の現場へも行かれるのですか。
大本:今日もドローンで起工測量をしてきました。現場と人材育成の両方に携わっています。
デジタル化への抵抗と、それを乗り越える工夫
田久保:社内でのDX推進において、課題はありますか。
大本:やはり「今まで通りでいいじゃないか」という反発や抵抗はあります。
津吉:そこをどう説得されているのですか。
大本:人口減少や担い手不足という現実を伝え、早めにデジタルと仲良くなることの重要性を説いています。
田久保:若い世代の方々の反応はどうですか。
大本:若い子たちはデジタルを使って評価されることが認められていますし、少しでも楽に、正確に仕事をしたいという意欲があります。
津吉:「教えてほしい」という声も増えているのではないですか。
大本:はい、積極的に聞いてきてくれる子が増えています。
「SyncRimote」を活用した遠隔臨場と教育
津吉:Web会議システムも活用されているそうですね。
大本:「SyncRimote(シンクリモート)」というアプリを使っています。マウスで指している場所が画面上で共有できるので、オペレーションが非常に分かりやすいんです。
田久保:教育にも使われているのですか。
大本:説明した内容を動画で残し、アーカイブとしていつでも担当者が見られる環境を作っています。
津吉:画面越しに教育ができるのは、業務のデジタル化が進んでいるからこそですね。
大本:はい、いつでもどこでも確認できるようになったのは大きな進歩です。
田久保:ベテランの方への共有もスムーズにいっていますか。
大本:少しずつ浸透してきていると感じています。
勤怠管理のデジタル化と働き方改革
田久保:働き方改革への対応として、勤怠管理も変わりましたか。
大本:2024年問題への対応として、全社員にデジタルでの勤怠管理を展開しています。
津吉:これまでは紙で管理されていたのですか。
大本:はい、以前は紙だったので締めないと状況が分からなかったんです。今はリアルタイムで残業時間などが把握できます。
田久保:管理職の方の意識も変わりましたか。
大本:残業が多い現場があれば、リアルタイムで支援体制を整えるなどの対策が打てるようになりました。
津吉:事務の方の負担もかなり減ったのではないですか。
大本:バックオフィスの方からも「めちゃくちゃ楽になった」という声を聞いています。
クラウドでの写真管理と自動振り分け
田久保:他にも導入しているツールはありますか。
大本:施工管理に関する写真をクラウドに上げ、自動で振り分けができるシステムを導入しています。
津吉:昔のフィルム時代から考えると夢のような技術ですね。
大本:写真を撮るだけで、出来形や品質の管理書類が作成できるところまで進んでいます。
田久保:導入当初から運用はうまくいっていましたか。
大本:技術は10年前からありましたが、なかなか運用しきれていない部分がありました。今はWeb会議などを通じて使い方の説明会を繰り返し行っています。
津吉:社内全体でのボトムアップを図っているのですね。
浚渫工事における「施工履歴データ」の活用
田久保:港湾土木、特に浚渫工事のICT化はどうですか。
大本:浚渫は実は早くからICTが進んでいましたが、今は「施工履歴データ」を用いた管理が主流になっています。
津吉:掘った場所を評価するということですか。
大本:はい、確実にここまでの深度を掘りましたよ、という履歴を残す管理方法です。
田久保:川の流れなどで土砂が堆積することもあるから、その時点の記録が重要なのですね。
大本:三原市の沼田川(ぬたがわ)などでも、雨が降ればまた土砂が流れてきます。自然が相手なので、施工した瞬間の履歴を認めてもらうことが突破口になっています。
津吉:現場のリアルな課題に即したデジタルの活用ですね。
3Dプリンターで構造物を作る未来
津吉:大本さんが今後挑戦してみたいことはありますか。
大本:3Dプリンターを活用して、実施工で使えるようなものを作ってみたいです。
田久保:建設用の大型3Dプリンターですか。
大本:はい。例えば階段などは型枠を組むのが非常に複雑で手間がかかるんです。
津吉:確かにコンクリートの階段は造形が難しそうですね。
大本:3Dプリンターで階段などを作っている事例を見て、これはすごいなと。山陽建設でもそういったテクノロジーをどんどん採用していきたいです。
田久保:バックオフィスから現場まで、全てを熟知されている大本さんなら実現できそうですね。
津吉:三原の原風景を守りながら、新しい技術で建設業のイメージを変えていってください。
■山陽建設株式会社 https://www.it-sanyo.co.jp/
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