クラフトバンク総研

防滑施工で仙台を安心安全なまちに~株式会社柴田建設工業

更新日:2026/1/10

※2024年10月より番組タイトルが変更になりました。(旧タイトル:CraftBank presents「Top Runner~未来に続く道~」)

2024年10月6日(日)15:00~15:55

ゲスト:株式会社柴田建設工業 代表取締役・柴田充さん

10月から番組がリニューアル!タイトルが「デジタル建設ジャーナル」(略して「デジ建」)となり、新たにクラフトバンク・田久保彰太氏も仲間に加わり、賑やかにお届けします。

リニューアル初回は、宮城県仙台市を拠点とする株式会社柴田建設工業。舗装工事を通して地域の社会基盤を構築・整備事業を行う建設会社です。

近年は、滑り止め防止のための施工「すべらん革命」にも力を入れています。昨今の異常気象による大雨・大雪などを鑑み、非常に重要な役割を担っています。

若かりし頃はサッカーに情熱を燃やしていた柴田代表、子供たちと共にサッカーで仙台を盛り上げたいという地域貢献のお話も聞かせていただきました。(宮城県岩沼市・エフエムいわぬまにて収録)

創業43年、仙台の街を支える舗装のプロフェッショナル

クラフトバンク中辻(以下、中辻):まずは、柴田建設工業について、どういったお仕事をされているのか教えてください。

柴田充さん(以下、柴田)株式会社柴田建設工業は、創業が昭和56年、1981年の4月になります。私の父である柴田誠が創業しまして、今年で44年目を迎えている会社です。仕事の内容としましては、建設業の中でも舗装工事を中心に事業を展開しております。

クラフトバンク田久保(以下、田久保):舗装工事というと、具体的にはどのような現場が多いのでしょうか?

柴田:私どもは仙台市太白区に本社を構えておりまして、地元の仙台市の市道の維持補修工事であったり、民間の外構工事、駐車場の舗装などをメインに行っています。

中辻:公共工事と民間工事、どちらも手掛けられているのですね。

柴田:そうですね。創業当初から舗装工事一本でやってきまして、道路の維持管理や新設、そして個人のお客様の庭先や店舗の駐車場など、幅広く対応させていただいています。

30歳での事業承継と10年の歩み

田久保:柴田さんは2代目社長ということですが、いつ頃事業を引き継がれたのですか?

柴田:私が代表を引き継いだのが2014年の3月です。ちょうど10年が経ちました。当時私は30歳でした。

中辻:30歳という若さで社長になられたのですね。

柴田:はい。父から代替わりをして、右も左も分からない中でスタートしましたが、社員や地域の皆様に支えられて、なんとかここまでやってくることができました。

田久保:お若くしての承継でご苦労もあったかと思いますが、この10年で会社の体制なども変わってきましたか?

柴田:そうですね。先代からの技術や信頼を守りつつ、新しいことにも挑戦していこうという意識で経営にあたっています。エリアとしても、基本的には仙台市内が中心ではあるのですが、高速道路のインターチェンジが近いという立地もありまして、宮城県内はもちろん、隣接する福島県や山形県など、アクセスが良いエリアには現場があれば行かせていただいています。

第2の柱「防滑(ぼうかつ)事業」への挑戦

田久保:舗装工事がメインということですが、最近新しい取り組みも始められたと伺いました。

柴田:はい。創業以来38年間、舗装工事一本でやってきたのですが、2年ほど前から新しい事業の柱として「防滑(ぼうかつ)事業」、つまり滑り止め工事の事業をスタートさせました。

中辻:防滑事業、ですか。あまり聞きなれない言葉ですが、どういったものなのでしょうか?

柴田:簡単に言いますと、床や路面が滑らないようにコーティングをする工事です。私どもが扱っているのは、廃瓦や廃陶器をリサイクルした骨材を使用した滑り止め材なんです。

田久保:瓦や陶器を再利用しているんですね。エコな視点も含まれていると。

柴田:そうです。産業廃棄物として処分されてしまう瓦や陶器を細かく砕いて、それを樹脂に混ぜて床に塗布することで、強力な滑り止め効果を発揮します。

交通事故死者数を上回る「転倒事故」の脅威

田久保:なぜ、舗装工事の会社がこの「防滑事業」を始めようと思われたのですか?きっかけを教えてください。

柴田:ある時、静岡県の企業の方とお会いする機会がありまして、そこでこの防滑材の話を聞いたのが直接のきっかけです。ただ、導入を決めた背景には、もっと深い理由があります。皆さん、日本で年間に交通事故で亡くなる方が何人くらいいるかご存じですか?

中辻:最近は減ってきているというニュースを見ますが、数千人くらいでしょうか。

柴田:現在は年間で3,000人を切っています。自動車業界の方々が、AIや自動運転技術、安全装置の開発などに必死に取り組んできた成果だと思います。それに対して、転倒による事故で亡くなる方は、年間で何人いると思いますか?

田久保:交通事故よりは少ないイメージがありますが…。

柴田:実は、転倒事故による死亡者数は年間で8,000人から9,000人と言われているんです。交通事故の約3倍近い方が、転んで亡くなっているという現実があります。

「歩行者の安全」を守る術がない現状

柴田:自動車であれば、機械が制御して事故を防ぐことができます。しかし、我々人間は機械で制御することはできません。「滑るから気をつけて歩いてください」と注意喚起はできても、物理的に滑らなくすることは、人間の意識だけでは限界があります。

中辻:確かに、雨の日や雪の日など、気をつけていてもヒヤッとすることはありますね。

柴田:そうなんです。そして、死亡事故に至らなくても、転倒して骨折し、それが原因で寝たきりになってしまう方が非常に多い。要介護になってしまう原因の約13%が「転倒・骨折」だというデータもあります。

田久保:元気だった方が、転倒をきっかけに生活が一変してしまうということですね。

柴田:昨日まで元気に歩いて、旅行に行ったり趣味を楽しんでいた方が、たった一回の転倒で車椅子生活や寝たきりになってしまう。ご本人の人生も辛いですが、それを支えるご家族の負担も大きくなります。

私はこの話を聞いた時に、舗装業として「道を作る」仕事をしてきた人間として、この転倒事故を一件でも減らしたいと強く思ったんです。

企業理念と合致した「命を守る」事業

田久保:まさに、人々の生活の根幹を守るという点で、建設業の使命に通じるものがありますね。

柴田:弊社の経営理念に「美しく豊かな未来を拓く」「命輝く地域社会づくりに貢献する」という言葉があります。この防滑事業は、まさにこの理念を具現化する事業だと直感しました。転倒事故を減らすことは、地域の皆様の命と健康を守り、笑顔で暮らせる社会を作ることに直結します。

中辻:社長の熱い想いが、新規事業への参入を決断させたのですね。

柴田:はい。静岡でその話を聞いて、すぐに「やらせてください」とお願いしました。これは我々がやるべき仕事だと確信しましたから。

デザイン性を損なわず、高耐久な防滑技術

田久保:その防滑材の特徴について、もう少し詳しく教えていただけますか?

柴田:最大の特徴は「クリア(透明)」であることです。通常、滑り止めというと、黄色いテープを貼ったり、ゴムマットを敷いたりして、どうしても見た目が変わってしまいますよね。しかし、この材料は透明な樹脂を使うので、現在の床のタイルや御影石などの意匠、風合いをそのまま活かすことができます。

中辻:せっかく素敵なエントランスなのに、マットで見えなくなるのは残念ですもんね。透明ならデザインも損なわないですね。

柴田:その通りです。そしてもう一つの特徴は、非常に耐久性が高いことです。摩耗に強く、剥がれにくい。屋外の雨ざらしの場所はもちろん、工場などのフォークリフトが通るような過酷な環境でも使用できます。メンテナンスフリーで長期間効果が持続するのも強みです。

田久保:施工場所としては、どういったところが多いのですか?

柴田:マンションやビルのエントランス、外部階段、工場の床、スロープなどですね。特に雨の日に滑りやすくなる場所への施工依頼が多いです。

職人の反応と女性技術者の活躍

中辻:新しい事業を始めるにあたって、社員の皆さんの反応はいかがでしたか?舗装工事とはまた違った技術が必要になると思うのですが。

柴田:最初は戸惑いもありました。舗装工事というのは、重機を使ってアスファルトを敷き詰める、いわばダイナミックな仕事です。対して防滑工事は、刷毛やローラーを使ってミリ単位の厚みで塗っていく、非常に繊細な仕事です。真逆の性質を持つ仕事ですから。

田久保:確かに、豪快さと繊細さ、使う筋肉も神経も違いそうですね。

柴田:でも、実際に職人たちに話をしてみると、「面白そうだね」と興味を持ってくれたんです。もともとモノづくりが好きな連中ですからの新しい技術を覚えることへの意欲は高かったです。

中辻:現場ではどのような方が担当されているのですか?

柴田:実は今、防滑事業の施工管理や技術的なリーダーを任せているのは、2名の女性社員なんです。

田久保:女性が活躍されているんですね!

柴田:はい。やはり仕上げの美しさや、きめ細やかな作業に関しては、女性の方が向いている面があると感じています。もちろん力仕事は男性がサポートしますが、塗りの工程や品質管理は彼女たちが中心になってやってくれています。

舗装という男社会のイメージが強い会社の中で、女性が第一線で活躍できる場ができたことも、この事業を始めて良かったことの一つです。

「多能工」としての職人の進化

田久保:舗装もできて、繊細なコーティングもできる。まさにマルチな職人さんたちですね。

柴田:そうなんです。雨で舗装ができない日は防滑の準備をしたり、逆に防滑の現場が空いた時は舗装の手元に入ったり。多能工として活躍してくれることで、会社全体の生産性も上がっていますし、職人自身のスキルアップにも繋がっています。

中辻:職人さんたちにとっても、自分たちの仕事が「事故を減らす」「人を守る」ことに繋がっていると実感できるのは、やりがいになりますよね。

柴田:「綺麗になったね」「これで安心だね」とお客様から直接声をかけていただけることも多く、それが彼らのモチベーションになっています。

30歳、現場を知らなかった若き後継者の苦悩

田久保:ここからは、柴田さんご自身のお話も伺いたいと思います。30歳で社長になられる前は、どのようなキャリアを歩まれていたのですか?

柴田:実は、私は建設業界とは全く無縁の生活をしていました。30歳で戻ってきた時も、現場のことは何も分からない素人同然でした。

中辻:いきなり社長として戻られたのですか?

柴田:はい。ただ、最初は現場を知らないと話にならないので、作業着を着て現場に出ました。最初に担当した現場は、国道286号線の維持工事でした。交通量も多く、夜間工事がメインの非常にハードな現場でした。

田久保:いきなり国道の夜間工事ですか。それは過酷ですね。

柴田:何も分からない私に対して、ベテランの職人さんたちが手取り足取り教えてくれました。スコップの持ち方から、機械の操作、段取りまで。時には怒鳴られながら(笑)、必死に食らいついていきました。

中辻:その時の経験が、今の経営にも生きているのでしょうか。

柴田:そうですね。現場の厳しさ、そして一つの現場をみんなで作り上げた時の達成感。最後に規制を解除して、車がサーッと走っていくのを見た時の感動は、今でも忘れられません。「自分たちがこの道を守っているんだ」という誇りを肌で感じた瞬間でした。

東日本大震災、インフラドクターとしての覚悟

田久保:宮城県というと、やはり東日本大震災のお話は避けて通れないかと思います。当時はどのような状況だったのでしょうか?

柴田:あの日、私は仙台市の八木山動物公園で、カバのプールの改修工事の現場代理人をしていました。突然の激しい揺れに襲われ、まずは自分の身を守り、揺れが収まってから現場の安全を確認して、会社に戻りました。

中辻:動物園にいらっしゃったんですね。会社に戻られてからは?

柴田:弊社は仙台市太白区と災害協定を結んでいましたので、すぐに区役所からの要請が入るはずだと待機していました。主な任務は「道路啓開(どうろけいかい)」です。救急車や消防車、自衛隊などの緊急車両が通れるように、道路上の瓦礫を撤去したり、段差を埋めたりして、最低限のルートを確保する仕事です。

田久保:まさに、復旧の最前線ですね。

柴田:信号も消え、道路も陥没している中、重機を持って現場に向かいました。社員の安否確認もままならない状況でしたが、連絡がつかない社員の家を一軒一軒回って無事を確認しました。

「我々にしかできない仕事」への誇り

柴田:あの時、痛感したのは「建設業は地域の医者なんだ」ということです。道路や橋、ライフラインが壊れた時、それを直せるのは我々建設業者しかいない。誰かがやらなければ、復興は始まらない。

中辻:インフラのドクター、まさにその通りですね。

柴田:食料もない、ガソリンもない、余震も続く。そんな極限状態の中で、社員たちは文句一つ言わず、黙々と作業を続けてくれました。自分たちの家も被災しているのに、「地域のために」と動いてくれた彼らの姿を見て、私は涙が出るほど誇らしかったです。

田久保:その経験が、柴田建設工業の「強さ」や「結束力」に繋がっているのですね。

柴田:それまでは「ただの仕事」として捉えていた部分があったかもしれませんが、あの日を境に「自分たちは社会になくてはならない存在なんだ」という使命感が、社員全員の中に芽生えたと思います。それが今の会社の原動力になっています。

40周年、そして100年企業を目指して

中辻:来年で創業40周年を迎えられるそうですね。

柴田:はい、現在は39期目で、来年40期の節目を迎えます。今、社内では40周年に向けてプロジェクトチームを立ち上げ、記念事業や今後のビジョンについて話し合っています。

田久保:これからの柴田建設工業が目指す姿、ビジョンについて教えてください。

柴田:40年はあくまで通過点です。50年、100年と続く企業にしていくことが私の使命だと思っています。そのためには、やはり「人」です。社員が生き生きと働き、その家族も幸せになれる会社。そして、地域の人々から「柴田建設工業があって良かった」と言ってもらえる会社であり続けたいですね。

建設業のイメージを「明るく、かっこよく」変えたい

中辻:建設業界全体としても、人手不足などの課題がありますが、柴田さんはどうお考えですか?

柴田:学生さんたちに建設業のイメージを聞くと、どうしても「きつい、汚い、危険」という3Kのイメージや、「怖い」という印象を持たれがちです。「つるはしを持って穴を掘っているんでしょ?」なんて言われることもありますが、今は機械化も進んでいますし、ICT技術も導入されています。

田久保:先ほどの防滑事業のように、新しい技術や女性が活躍できるフィールドもありますしね。

柴田:そうなんです。だからこそ、私たちが情報発信をして、業界のイメージを変えていかなければなりません。「建設業ってかっこいいじゃん」「社会の役に立つすごい仕事なんだ」と若い人たちに思ってもらえるように。明るく、楽しく、やりがいのある業界であることを、もっとアピールしていきたいですね。

笑顔が生まれる環境づくり

田久保:柴田さんのバイタリティの源泉はどこにあるのですか?

柴田:私は「みんなが笑顔になる環境」が好きなんです。社内でも、現場でも、地域でも。みんなが仲良く、前向きに未来を語り合えるような場を作りたい。防滑事業もそうですが、誰かが悲しむ顔を見るより、安心して笑って暮らせる環境を作りたい。それが私の原動力かもしれません。

中辻:社長のその想いが、社員の皆さんにも伝わって、温かい社風を作っているのだと感じました。

柴田:少し綺麗事に聞こえるかもしれませんが、本気でそう思っています。これからも、舗装と防滑の二刀流で、地域の安全と笑顔を守っていきたいと思います。

株式会社柴田建設工業 http://www.shibata-con.co.jp/
エフエムいわぬま https://www.fm779.net/

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アーカイブ配信:https://audee.jp/voice/show/90997

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