くらしと産業の礎をひらく~白鷺電気工業株式会社
更新日:2026/1/14
▼目次
- 1 九州電力の送配電からビル管理まで。幅広い電気工事の世界
- 2 創業78年。電信柱の変圧器修理から始まった歴史
- 3 震災や水害。地域の復興を支えるインフラ企業の使命
- 4 平均年齢42.7歳。新卒採用と若返りへの挑戦
- 5 異色の経歴。3代目社長は元「新幹線運転士」
- 6 新幹線の電気系統からリニア検討まで。JR東海での10年
- 7 独自のブランド「SEES」に込めた55周年目の決意
- 8 毎年賞を狙いに行く。社内の健康診断としての「表彰」
- 9 建設業界では珍しい「Salesforce」の本格導入
- 10 データ蓄積が安全を守る。過去のヒヤリハットをAIで活用
- 11 「サンドイッチ方式」で進めるDX推進委員会
- 12 「Slack」が生んだ現場と本部のリアルタイムな繋がり
- 13 熟練の技を「ショート動画」で継承する
- 14 100周年に向けたビジョン。「日本中の誰もが知る会社」へ
- 15 娘の追っかけと世界一周。沼田社長の個人的な夢
2025年7月27日(日)15:00~15:55
白鷺電気工業株式会社 代表取締役社長 沼田幸広さん
電気工事会社として熊本を中心に九州の電気エネルギーの「くらしと産業の礎」をひらいてきた、今年で創業78年の白鷺電気工業株式会社。2016年に発生した熊本地震では、県民の生活を守るため電力・通信インフラの復旧工事に全精力で取り組んできました。番組では、100年企業に向けて進めるDX化のお話など、たっぷりと伺いました。
九州電力の送配電からビル管理まで。幅広い電気工事の世界
クラフトバンク中辻(以下、中辻):早速ですが、まず白鷺電気工業さんについて、どのようなお仕事をされている会社なのか教えていただけますか。
沼田幸広さん(以下、沼田):白鷺電気工業は、社名に「電気」と付いております通り、電気周りの仕事をしております。主に九州電力送配電という電力会社の変電所や、送電線の建設工事を行っています。その他には、官公庁の電気設備や民間のビル、照明、コンセントといった身近な電気設備の工事も手掛けています。
クラフトバンク田久保(以下、田久保):このスタジオがあるビルも関係があるのでしょうか。
沼田:実はこのビル全体の電気設備の管理業務も受託しています。点検業務から小さな工事、大規模な改修工事、そして光通信やインターネットなどの電気通信周りの工事まで、電気に関わることを幅広く行っているインフラ企業です。電気がないと何も動かない時代ですので、インフラを担っているという自負を全社員が持っています。
創業78年。電信柱の変圧器修理から始まった歴史
中辻:一言で電気と言っても、本当に幅が広いですね。創業から今年で78年になると伺いましたが、創業当時からこういったお仕事をされていたのですか。
沼田:私の祖父が創業者なのですが、戦前は京都電燈、今の関西電力送配電で仕事をしていました。戦後、熊本に復帰してからその技術を活かそうと、電信柱の上にある円筒形の変圧器の修理をすることから会社を興したんです。当時は7名でスタートしましたが、現在は134名の会社になりました。
田久保:着実に規模を拡大されてきたのですね。
沼田:そうですね。ただ、バブル崩壊後の縮小傾向であったり、東日本大震災の後に電力会社の設備投資が落ち込んだ時期もありました。しかし逆に、その頃から太陽光発電所の建設ブームが起こり、熊本県内のメガソーラーなどの発電所工事を多く受注できたことで、売上が一気に伸びた時期もありました。
震災や水害。地域の復興を支えるインフラ企業の使命
田久保:時代の変化に合わせて事業を適応させてこられたのですね。
沼田:はい。ただ、2016年の熊本地震や、その後の人吉の水害など、インフラに関わる災害対応工事も多く経験しました。そうした増減の繰り返しはありますが、最近はおかげさまで安定した受注が見込めており、順調に人を雇用していける体制になっています。
中辻:134名という規模は非常に大きいと感じますが、実際に現場で工事をされる職人さんは何名ほどいらっしゃるのですか。
沼田:直営で言うと約60名です。あとは現場代理人や責任者が、協力会社の方々と一緒に仕事をしています。
平均年齢42.7歳。新卒採用と若返りへの挑戦
中辻:平均年齢が42.7歳とのことですが、建設業界の中ではかなりお若い印象です。
沼田:そうですか。最近は特に積極的に採用を行っており、毎年新卒の方に3名から5名ほど入社していただいています。そのおかげで若返った部分もありますね。一方で、定年をこれまでの60歳から65歳に引き上げ、再雇用で70歳までお願いしている状況もあります。
田久保:ベテランの方にも残っていただいているのですね。新しく入られる方は新卒がメインですか。
沼田:ほとんどが新卒です。採用活動のために、私も学校を回ったり合同説明会に参加したりしています。コロナ禍の時はオンライン説明会も私自身が担当しました。人事の担当者と二人で、漫才のような掛け合いをしながら説明をして、かなり板についてきたところです。
田久保:社長自らが説明会に出られるのは、学生さんにとってもインパクトがありますね。
沼田:他の建設会社や電気工事会社の社長よりも若いので、それだけで注目されると人事からも言われて、積極的に出るようにしています。私が説明会に出て、その場で内定を出してしまうこともあって、社員からは早すぎると怒られることもありますが。
異色の経歴。3代目社長は元「新幹線運転士」
中辻:沼田さんは37歳か38歳くらいの時に社長に就任されたとのことですが、それまでは何をされていたのですか。
沼田:私は父から「自分の好きなようにしなさい」と言われていたので、大学を出てから10年間、JR東海に勤めていました。
田久保:JR東海ですか。どのようなお仕事をされていたのですか。
沼田:実は、新幹線の運転士をしていたんです。
中辻:ええ、のぞみですか。すごいですね。
沼田:はい、のぞみもひかりもこだまも運転しました。当時は700系が最先端でしたが、500系や300系、0系も少しだけ運転しましたし、ドクターイエローも運転したことがあります。運転免許を今でも持っていますよ。
田久保:それはお子さんたちにも大人気でしょうね。
新幹線の電気系統からリニア検討まで。JR東海での10年
中辻:運転士の後に、今の仕事に繋がるような業務もされていたのですか。
沼田:運転士は新入社員研修の一環で、その後は自分の専門である電気系統の部署に配属されました。東京、名古屋、大阪と転勤しながら、新幹線の電気周りの仕事や、今で言うリニアの事前検討などの業務にも携わっていました。
田久保:そこから、どのようなきっかけで家業に戻られることになったのですか。
沼田:5年を過ぎたあたりから、父からも周囲からも戻ってこないかと言われ始めました。当時は大阪で大変な職場にいたので、今投げ出すわけにはいかないと思って頑張っていたのですが。
沼田:なかば冗談だったのでしょうが、弊社のプロパーの社員から「戻ってこなかったら新幹線を爆破するぞ」と言われまして。それは映画になってしまうからまずいなと思い、熊本に帰ってくる決心をしました。
中辻:新幹線爆破はすごい殺し文句ですね。でもそれだけ、沼田さんの帰りをみんなが待っていたということですよね。
沼田:地方では特に、息子がいれば息子が継ぐものだと思っている方々がいっぱいいますから、そういった意味では恵まれた環境だったのだと思います。
独自のブランド「SEES」に込めた55周年目の決意
田久保:沼田さんが入社されてから始められた「SEES(シーズ)」というブランドについて教えてください。
沼田:創業55周年の時に、ブランディングの一環として検討したものです。「Shirasagi Electric Energy Total System」の頭文字を取って「SEES」と名付けました。単なる電気工事の種別ではなく、これからの未来に向けて電気を中心に社会や地球環境を支えていくという思いを込めています。
田久保:具体的にはどのような事業内容なのでしょうか。
沼田:「電力サポート」「情報通信設備」「新エネルギー」「快適電化」「省エネルギー」「点検・メンテナンス」という6つの事業を定義しました。25年ほど前ですので、当時はまだブランディングという言葉も浸透していませんでしたが、非常に新しい取り組みだったと思います。
田久保:先代の頃にスタートしたのですね。
沼田:はい。私が戻ってきた時にはすでに看板があったのですが、社員の間では「電気自動車や太陽光などの新しい電気の使い方」という解釈をしている人が多かったようです。今となっては、その先見性は正解だったと感じています。
毎年賞を狙いに行く。社内の健康診断としての「表彰」
中辻:白鷺電気工業さんは、多くの賞を受賞されていますよね。
沼田:おかげさまで、毎年何らかの賞にチャレンジしようと担当部署と決めて取り組んでいます。賞をいただくことを目的にするというよりは、賞の審査項目をチェックリスト代わりにして、自社の足りない点を確認し、それを改善していくことで会社を良くしていこうという狙いがあります。
田久保:非常に合理的ですね。
沼田:受賞すればプレスリリースも出せますし、採用広報にも使えます。社員も「うちの会社は外から評価されているんだ」と誇りを持ってくれます。担当者は大変だと思いますが、一石何鳥にもなる取り組みとして続けています。
建設業界では珍しい「Salesforce」の本格導入
中辻:ここからはDXについて伺いたいのですが、具体的にどのようなツールを導入されているのですか。
沼田:一番大きいのは、建設業界では珍しい「Salesforce(セールスフォース)」の導入です。いかにデータを蓄積し、それを業務の効率化に役立てるかというデータバンクの構築に力を入れています。
田久保:Salesforceは営業管理のイメージが強いですが、どのように活用されているのですか。
沼田:見積依頼をいただいたところから、工事の完成、書類提出、そして入金までを一気通貫で管理しています。どの工事にどれだけお金がかかったかという原価管理はもちろん、安全に関するヒヤリハットなどのデータも蓄積しています。
田久保:いつ頃から導入されているのですか。
沼田:3、4年ほど前からスモールスタートで始め、昨年度から全社員に導入しました。現在は現場の人間も使っています。
データ蓄積が安全を守る。過去のヒヤリハットをAIで活用
田久保:現場での具体的な活用例はありますか。
沼田:例えば、ある作業を行う際に「過去に類似の作業でどのようなヒヤリハットがあったか」「施工計画書で安全についてどのような注意点があったか」という情報を、蓄積されたデータからAIも使いながら自動で出せるようにしたいと考えています。
中辻:スモールスタートから始められたとのことですが、ロードマップは沼田さんご自身が描かれたのですか。
沼田:Salesforceの担当者や社内のシステム担当、SEと相談しながら進めました。ちょうど基幹システムの更新時期でもあったので、そこに合わせて全社展開していきました。
田久保:システムを導入する際、現場の方々からの反発などはなかったのでしょうか。
沼田:やはりシステム側とユーザー側の対立というのはどうしても起こります。現場の人間はこれまでのやり方が一番間違いないと思っていますし、新しいやり方に抵抗感があります。一方でシステム側は「こんなに便利なものを作ったのになぜ使わないんだ」となります。
「サンドイッチ方式」で進めるDX推進委員会
沼田:その間を取り持つ人材の育成が一番大事だと思っています。弊社では「DX推進委員会」を作り、各部署の部長というベテラン勢と、若手社員をペアにして推進者として任命しました。
田久保:ベテランと若手のペア、面白いですね。
沼田:システム担当と私が上から、そして若手社員が下からベテラン層を挟み込む「サンドイッチ方式」で進めています。若手はシステムに詳しいですから、彼らを育成して現場での活用をリードしてもらう形です。
田久保:現場での浸透度はいかがですか。
沼田:最初はなかなか意見が出てきませんでしたが、1ヶ月や1週間の試行期間を設けながら、少しずつ使い勝手を改良しています。私が諦めたら終わりだと思っているので、そこは粘り強く続けています。
「Slack」が生んだ現場と本部のリアルタイムな繋がり
田久保:コミュニケーションツールなどは活用されていますか。
沼田:一部の部署から「Slack(スラック)」を導入し始めました。これまでは現場ごとに散らばっていてなかなか集まる機会がなかったのですが、Slackを使うことで情報のレスポンスが格段に早くなりました。
中辻:Slackの導入もスムーズだったのですか。
沼田:若手社員から「使いたい」という声があったので、すぐに導入しました。社長としての挨拶抜きで、絵文字一つで「いいね」を送れるような、ハードルの低いコミュニケーションを目指しています。私も「社長ピース」という、ヘルメットを被ってピースしている写真のスタンプを作って、「見たよ」という代わりに送っています。
中辻:社長のスタンプがあるなんて、アットホームで素敵ですね。
田久保:そういったツールが、若手の定着にも繋がっている実感はありますか。
沼田:はい。現場で初めて管理を任された若手などは不安が多いものですが、部長が遠隔で施工状況の写真を見たり、Slackで即座に相談に答えたりできる環境があることで、離職防止にも役立っているのではないかと感じています。
熟練の技を「ショート動画」で継承する
田久保:技術承継については、デジタルをどう活用されていますか。
沼田:「配管はこう加工するんだよ」「電線はこう接続するんだよ」といった熟練の技をショート動画に撮って溜めています。新入社員や中途採用の方が、現場で分からなくなった時にスマホでパッと確認できるようにしています。
中辻:動画だと分かりやすいですね。
沼田:「白鷺バンク」と呼んでいるのですが、困った時に検索すれば答えが出てくるような、生成AIも活用した仕組みにしていきたいと考えています。
沼田:最近は「白鷺用語集」というものも作りました。道具の名前や熊本独特の言い回し、業界用語など、新人が「あれ取ってきて」と言われて困らないようにするためのものです。例えば今私が着ているポロシャツも、社内では「白ポロ」と呼んでいるのですが、これも用語集で共有しています。
中辻:「白ポロ」、シンプルで分かりやすいですね。
100周年に向けたビジョン。「日本中の誰もが知る会社」へ
中辻:今後の目標や未来のビジョンについて教えてください。
沼田:創業70周年の時に、2つのビジョンを掲げました。一つは「100周年でグループ売上高100億円」。もう一つは「日本中の誰もが知っている会社になること」です。
田久保:日本中で、ですか。
沼田:はい。「白鷺電気工業と言えば、あの熊本の会社だよね」と全国で言ってもらえるようになりたい。そうすれば、社員もその家族も誇りを持って働けると思うんです。
中辻:創業の地である八代の「白鷺城(八代城)」に由来する社名が、全国に轟くのが楽しみですね。
沼田:姫路城から名前を奪ってやる、くらいの意気込みで頑張ります(笑)。
娘の追っかけと世界一周。沼田社長の個人的な夢
中辻:沼田さんご自身の、個人的な夢などはありますか。
沼田:今は自称「娘の追っかけ」なんです。21歳になる娘がもうすぐ社会人になりますが、それまではしっかり追っかけをしたいなと。娘の推し活に一緒について行って、私は外で待っているというようなこともしています。
中辻:いいお父様ですね。
沼田:将来、私が引退する時期になったら、妻と二人で船旅に出たりして、ゆっくり過ごせればいいなと思っています。今は娘の運転手や送り迎えを楽しみながら、いつか来る夫婦の時間を楽しみにしています。
中辻:お仕事でもご家庭でも、前向きに楽しまれている様子が伝わってきます。
▪️白鷺電気工業株式会社 https://www.shirasagidenki.co.jp/
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