クラフトバンク総研

心も、空間も、オープンに。 砺波工業を、ひらく。

更新日:2026/1/14

2025年4月27日(日)15:00~15:55

ゲスト:砺波工業株式会社 代表取締役社長・上田信和さん

昭和19年創業、山岳から港湾、河川、道路など公共工事を広く請け負い、昨年80周年を迎えた富山県砺波市の砺波工業株式会社。2019年には本社社屋を新築し、コミュニティスペースも設置。ギャラリーやイベントスペースとして利用してもらえる場所を設け、地元の方々に親しまれる企業を目指しています。番組では、「地域に恩返しがしたい」という上田社長のお仕事への熱意、そして地元愛があふれるお話をたっぷり語っていただきました。(富山県砺波市 FMとなみにて収録)

砺波の街を彩るチューリップと地域の絆

クラフトバンク中辻(以下、中辻)砺波市にお邪魔するのは初めてなのですが、ちょうどチューリップが見頃ですね。

上田信和さん(以下、上田):今は一年で一番良い時期ですね。「となみチューリップフェア」が開催されている頃ではないでしょうか。砺波は昔からチューリップの球根の出荷量が全国一で、非常に有名な生産地なんです。

クラフトバンク金村(以下、金村):駅を降りた時から、道沿いに色とりどりのチューリップが咲いていて本当に素敵ですね。

上田:ありがとうございます。このスタジオに来るまでの道のりでも、街全体がカラフルに彩られているのを感じていただけたかと思います。

昭和19年、戦時下の統合から始まった歴史

中辻:まずは砺波工業さんについて教えてください。どのような経緯で設立された会社なのでしょうか。

上田:砺波工業は昭和19年、1944年に設立されました。地元の有力な企業が集まってできた会社です。戦時中だったため、政府の指導で大きな会社がないと鉄骨やセメントといった国からの資材供給が受けられなかったという背景があります。

中辻:地域の建設会社が寄り添い合って誕生したのですね。

上田:そうですね。多くの出資者が集まって始まり、それから約82年という月日が経ちました。当時、同じような経緯で設立された会社は他にもありましたが、現在まで続いているケースは県内でも少なくなっていると聞いています。

土木から建築へ、総合建設業としての歩み

中辻:元々は土木からスタートされたのですか?

上田:はい、土木から始まり、その後建築も手掛けるようになりました。現在は総合建設業として、土木・建築の両方を行っています。

中辻:公共工事と民間工事、どちらの比重が大きいのでしょうか。

上田:土木に関しては、ほぼ100パーセント公共工事です。一方、建築についてはほとんどが民間工事ですね。最近は公共の箱物を作る仕事が少なくなってきているので、民間の割合がどんどん大きくなっている状況です。

民間建築の多様な実績と公共施設への貢献

中辻:民間建築では、具体的にどのような建物を建てられているのですか。

上田:病院や工場の本校舎、運送業の倉庫などを手掛けています。最近は働き方改革の影響もあり、倉庫などの需要も多いですね。

中辻:公共施設の実績も豊富だと伺いました。

上田:近年では、こども園や小学校、図書館といった公共施設も手掛けさせていただきました。少しずつですが、建築の規模も大きくなってきています。

海のない砺波市で手掛ける港湾工事

中辻:実績の中には港湾工事も含まれていますが、砺波市には海がありませんよね。

上田:砺波市自体に海はありませんが、昔からの流れで富山県内の港湾工事をさせていただいています。以前は自社で船も所有していました。

中辻:船まで持っていらっしゃったのですね。

上田:現在は手放しましたが、富山県港湾建設協会という会があり、そちらの会長も務めさせていただいています。県内のインフラを支える重要な仕事の一つとして継続しています。

立山連峰の自然を守る山岳砂防工事

中辻:港湾だけでなく、山岳地域での工事もされていると伺いました。

上田:富山県で一番の山岳地帯である立山の砂防工事を、何十年も継続して担当しています。立山は土砂崩れが頻繁に起きる場所なので、その対策としての砂防工事は欠かせません。

金村:海から山まで、富山の豊かな自然すべてがフィールドなのですね。

上田:そうですね。南砺市の利賀村という山深い場所でも、現在は利賀ダムの周辺整備工事などを行っています。海、山、河川、道路と、まさに富山の自然と対峙しながら仕事をしています。

創業75周年で完成した「地域に開かれたオフィス」

中辻:創業75周年の際に新社屋を建てられたそうですが、お写真を拝見してその美しさに驚きました。

上田:前の社屋が築50年ほど経って古くなったため、新しく建て替えました。今後50年使うことを見据え、最新鋭のオフィスを目指すとともに、地域活性化の拠点となることを意識しました。

金村:「オフィス棟」と「コミュニティ棟」に分かれているのが特徴的ですよね。

上田:はい。コミュニティ棟は地域の方々に広く使っていただきたいという思いで作りました。会社という枠を超えて、人が集まる場所にしたかったのです。

ジャズコンサートからプログラミング教室まで

中辻:コミュニティ棟ではどのようなイベントが行われているのですか。

上田:「となみジャズクラブ」という団体とコラボレーションして、年に4回ジャズコンサートを開催しています。50人から60人ほどが入れるスペースで、本格的な演奏を楽しんでいただけます。

中辻:地域の方が気軽に利用できる場所なのですね。

上田:健康体操をやりたいという相談があれば場所を提供しますし、以前は子供向けのプログラミング教室を開催したこともあります。社員だけでなく、地域の方が集まる場所になっているのは嬉しいですね。

大規模災害を見据えた「地域の避難場所」としての機能

上田:この新社屋は、砺波市と提携して大規模災害時の避難場所としても認定されています。東日本大震災のような事態がいつどこで起きてもおかしくないと考えたからです。

金村:災害時のための設備もかなり充実しているそうですね。

上田:停電になっても稼働できるよう、裏手にはガスタンクがあり、ガスで発電できる設備を整えています。また、屋上には貯水槽があり、3日間分の水が確保されています。

中辻:地下には汚水槽もあると伺いました。

上田:はい。下水道が壊れても、3日間分の汚水を溜められるようになっています。木造住宅が多い地域ですので、何かあった時に駆け込める場所として機能させたいという強い思いがありました。

消防署や地域住民と連携した防災訓練

中辻:設備があるだけでなく、実際の運用に向けた訓練もされているのですか。

上田:年に一度、地域の方々と一緒に避難訓練を行っています。消防署の方にも来ていただき、AEDの使い方教室や煙体験なども実施しています。

金村:まるで学校のような、地域防災の要になっているのですね。

上田:地元の皆さんに安心を提供することも、建設会社の大きな役割だと思っています。地元がなければ我々は食べていけませんから、地域への恩返しです。

能登半島地震への迅速な対応と支援活動

金村:石川県の金沢にも事業所があるとのことですが、令和6年能登半島地震の際はどのような対応をされたのでしょうか。

上田:1月1日の発災直後、2日には私に電話が入りました。まずは社員の安否確認ですが、その後すぐに人手を出せないかという要請がありました。

中辻:お正月休みの最中だったかと思いますが。

上田:4日になるのを待って、手配できる体制を整えました。建築のお客様の片付けを手伝ったり、仮設トイレを運び込んだりといった支援活動を行いました。

上田:まだ通常の生活に戻れていない方も多いです。何かあった時に地域で助け合う体制の重要性を改めて痛感しました。

祖父の背中を見て育った少年時代

中辻:上田社長ご自身は、昔からこの会社を継ぐつもりだったのですか。

上田:元々建築が好きで、いつかは建設業に入りたいと思っていました。私の祖父が砺波工業の社長をしていた時代があり、子供の頃によく現場へ連れて行ってもらった思い出があります。

中辻:おじい様の現場が原風景なのですね。

上田:小学校の砂場で、トンネルを掘ったりダムを作って水を流したりして遊んでいた頃から、建設の仕事には親しみがありました。大学も専門の道に進みました。

大手建設会社での10年にわたる修業時代

中辻:卒業後はすぐに砺波工業に入られたのですか?

上田:いいえ、まずは別の大きな建設会社に就職しました。そこで10年ほど働き、土木技術者として現場を回っていました。

金村:どのような現場を担当されていたのでしょうか。

上田:「3大デカ工事」とも言えるような現場です。1つ目はダム、2つ目は火力発電所、3つ目はトンネルの現場でした。

上田:入社してすぐの4月、雪がちらつく山奥でダムの測量を任された時は、手が悴んで大変でしたが、それが今の土台になっています。

「営業マンがいないから帰ってこい」

中辻:大手での経験を経て、どのようなタイミングで戻られたのですか。

上田:ずっとその会社で働くつもりでしたが、砺波工業の方から「営業マンがいないから帰ってこい」と声がかかりまして。それで戻る決意をしました。

中辻:技術者から営業への転身に戸惑いはありませんでしたか。

上田:最初は戸惑いましたね。現場は毎日、測量したりコンクリートを打ったりと成果が目に見えます。営業は名刺を配っても、今日一日何ができたのか、利益に繋がったのかが分かりにくい面があります。

上田:ただ、会社を運営していく面白さはまた別。毎日景色が変わる現場の醍醐味を理解しているからこそ、営業や経営に活かせることがあると思っています。

ICT建機とドローンを活用した現場の効率化

中辻:ここからはDXについてお聞きします。砺波工業で取り組まれている最新技術にはどのようなものがありますか。

上田:ICT建機を使った施工や、ドローンによる測量、現場の3Dモデル化などを行っています。発注者側からの遠隔臨場にも対応しています。

金村:社員の方がドローンの免許を持たれているのですか?

上田:はい。社内で免許を取得させ、実際の現場で活用しています。会社として資料提供や業界のトレンドを共有し、各部署が自主的に「やってみたい」と思える環境を作っています。

上田:国交省からは「ICT人材活用推進企業」としても表彰していただきました。他社に負けないよう、常にモチベーションを高く保って取り組んでいます。

世代を超えたデジタル技術への挑戦

中辻:新しい技術を導入する際、ベテラン社員の方々から抵抗はありませんでしたか。

上田:最初はありました。パソコンが苦手な世代にとっては拒絶反応もあります。以前は「なんで後輩に教えてもらわなきゃいけないんだ」というプライドのぶつかり合いもあり、ギクシャクした時期もありました。

金村:それをどのように乗り越えたのでしょうか。

上田:現在はベテランの経験と、若手のデジタルスキルを組み合わせる体制が整ってきました。60歳を過ぎた方でも「分からないから教えて」と素直に言える空気感ができています。

上田:公共工事の電子化も進んでいますし、時代の波に飲まれないよう、全社一丸となって取り組んでいます。

スマホによる勤怠管理がもたらしたリアルタイムな把握

中辻:バックオフィス側のデジタル化はいかがでしょうか。

上田:2〜3年前から、全社員の出退勤管理をスマートフォンで行うようにしました。GPSと連動させて、リアルタイムに誰がどの現場にいるか、残業がどれくらい発生しているかを把握しています。

金村:以前はどのような管理だったのですか。

上田:以前は手書きの日報を1ヶ月分まとめて提出する形でした。これだと状況が分かるまでに時間がかかりすぎてしまいます。

上田:今は残業が増えそうな現場があれば、すぐにアラートが出ます。それを見て、応援の人間を派遣するなど、早めに対策を打てるようになりました。働き方改革にも大きく寄与しています。

現場の成果が技術者のモチベーション

中辻:建設業の魅力について、改めて上田社長はどのようにお考えですか。

上田:やはり自分が携わったものが形として残り、人に感謝されることですね。初めて手掛けた建築現場で、お客様から「頼んで良かったわ」と言われた時の喜びは忘れられません。

金村:建設業は他産業に比べて金額も大きく、一生に一度の買い物であることも多いですからね。

上田:そうです。息子を車に乗せて、「ここのトンネルはお父さんが作ったんだぞ」と言える誇り。そんな実感が持てるのが、この仕事の素晴らしいところだと思います。

地域に必要とされる会社であり続けるために

中辻:今後の砺波工業の展望を教えてください。

上田:常に「地域に必要とされる会社」であり続けたい。富山県のインフラがこれだけ整った今、これからは新規建設よりも維持管理やメンテナンスが重要になります。それを支える誇りを社員全員に持ってもらいたい。

金村:そのためには人材の確保も重要ですね。

上田:はい。毎年新卒採用に力を入れており、現在は全社員の3割以上が10代・20代です。中途採用が難しい業界だからこそ、新卒を大切に育て、技術を継承していきたい。

上田:デジタルに強い若手と、現場を知り尽くしたベテランが融合し、次の80年、100年を支える企業を目指します。

恩返しの心

中辻:最後に、上田社長が大切にされている思いをお聞かせください。

上田:「恩返し」です。この街に育ててもらったという感謝を、仕事を通じて地域に返していきたい。地域が衰退すれば我々の仕事もなくなります。地域を活性化させることが、最終的に自分たちのためにもなる。

金村:そのバイタリティの源は何なのでしょうか。

上田:みんなが笑顔になる環境が好きなんです。将来を想像して、あーだこーだと言いながら未来を作っていく。そんな空間を社内でも地域でも作っていきたいですね。

砺波工業株式会社 https://www.tonamikogyo.co.jp/
FMとなみ https://www.fmtonami.jp/

\ こちらからお聴きいただけます /
アーカイブ配信:https://audee.jp/program/show/300006512

新着記事