技術の結集が新しい作品を創造する「作品集団主義」~和久田建設株式会社
更新日:2026/1/17
▼目次
- 1 建築・住宅から土木、スポーツ施設まで手がける事業概要
- 2 明治27年創業、131年の歴史を刻む老舗企業
- 3 大工から始まった九州全域への事業展開
- 4 八代を代表する公共建築への参画
- 5 熊本県産材を活かした新庁舎の建設
- 6 民間店舗から物流倉庫まで広がる施工実績
- 7 建設会社が自ら設計・運営するスポーツクラブ
- 8 異例の直接運営によるコミュニティづくり
- 9 「スポーツクラブ」から地域のための「クラブ」へ
- 10 数学好きの理系少年が建築の道を選んだ理由
- 11 大手ゼネコンでの修行と家業への帰還
- 12 自社ビル設計に込めた設計士としてのこだわり
- 13 熊本地震を機に開発した「滑り免震構造」
- 14 家具が倒れない家を実現する独自の特許技術
- 15 大学教授との共同実験で実証された性能
- 16 DXの基盤「ドキュワークス」による徹底したペーパーレス化
- 17 40年分の図面をデータ化する10年の歩み
- 18 各部署のニーズに合わせた最適なソフト導入
- 19 趣味の3次元CADから生まれる建築の空想
- 20 理想の建築を目指す「設計施工体制」の強化
- 21 「機能は美である」という建築哲学
- 22 全工程のプロが集う「作品集団主義」
- 23 現場の声を設計に反映させる仕組み
- 24 竣工後の喜びを分かち合うバーベキュー大会
2025年9月14日(日)15:00~15:55
和久田建設株式会社 代表取締役社長 和久田数臣さん
明治27年に創業し、131年目を迎えた熊本県八代市の総合建設業、和久田建設株式会社。「みらいの森ミュージアム」や八代新市庁舎など、地元の歴史に残る建築作品を多く手掛けてきました。建築士としてキャリアをスタートさせた和久田社長は、デザインに人一倍こだわりを持ち、今でも趣味(?)として図面を書くこともあるとか。建築構造の特許取得のお話や、スポーツクラブ運営事業のお話などもたっぷりと聞かせていただきました。(熊本県八代市 和久田建設株式会社 八代本部にて収録)
建築・住宅から土木、スポーツ施設まで手がける事業概要
クラフトバンク中辻(以下、中辻):和久田建設がどのようなお仕事をされている会社なのか、歴史や概要を含めて教えていただけますか。
和久田数臣さん(以下、和久田):総合建設業ですので、元請けとしての仕事がメインです。内訳としては、約90%が住宅を含めた一般建築になります。残り約8%前後が土木です。それと少し特殊ですが、スポーツクラブの経営も手がけています。売上規模としては4,000万円前後ですので、全体から見ると小さな割合ですが、多角的に展開しています。
中辻:建築が売上の大半を占めているのですね。スポーツクラブの運営までされているというのは、建設会社としては非常に珍しい取り組みではないでしょうか。
明治27年創業、131年の歴史を刻む老舗企業
中辻:和久田建設は非常に歴史が長い会社だと伺っています。創業はいつになるのでしょうか。
和久田:創業は明治27年、西暦で言うと1894年です。今年の5月でちょうど131年目に入りました。
中辻:131年ですか。日清戦争の時代から続いているというのは驚きです。熊本県内でも指折りの老舗企業ですね。
大工から始まった九州全域への事業展開
中辻:創業当時はどのようなお仕事からスタートされたのですか。
和久田:もともとは大工から始まりました。地元の住宅や商店など、さまざまな建物を手がけていたようです。それが50年ほど前になると、九州全域まで事業を広げていきました。
和久田:鹿児島、長崎、大分、福岡と拠点を広げ、以前は鹿児島の出水にも営業所がありました。鹿児島出身の社員も数名いて、かなり手広く仕事をしていた時代もありました。
中辻:九州一円にネットワークを広げられていたのですね。現在はどのような体制で運営されているのでしょうか。
和久田:現在は出水の営業所はなくなり、八代が本部、そして工事量が多い熊本市内に本社を置いています。福岡にも支店があり、こちらも50年以上の歴史がありますので、施工実績は非常に多いです。
八代を代表する公共建築への参画
中辻:ホームページを拝見すると、住宅だけでなく非常に多くの施設やマンションを手がけられています。地元・八代を代表するような公共工事も多いのではないですか。
和久田:そうですね。一つは「八代市立博物館 未来の森ミュージアム」です。これは世界的建築家の伊東豊雄先生が設計された建物ですが、実は先生にとって大型建築の第1号だったんです。
中辻:伊東豊雄先生の大型建築デビュー作に携わられたのですか。それはすごいご縁ですね。
和久田:それまでは東京で住宅の設計を主にされていた先生でしたが、公共工事の大型物件はここが初めてでした。今から30年以上前のことですが、ここをスタートとして世界の伊東先生になっていかれた、その足がかりとなった建物です。
熊本県産材を活かした新庁舎の建設
クラフトバンク金村(以下、金村):先ほどお邪魔した「八代市役所」の新庁舎も、和久田建設さんが携わられたと伺いました。
和久田:前田建設工業さんを代表とするJV(共同企業体)で施工しました。非常に近代的で使いやすい建物になったと思います。
金村:内装に「い草」を使った椅子があったりと、地元の素材を活かしたデザインがとても素敵でした。
和久田:現代建築は自然素材を使うのが主流になっていますので、い草や県産の木材をふんだんに取り入れています。八代はい草の生産量が日本一ですので、そういった地元のアイデンティティを大切にしています。
民間店舗から物流倉庫まで広がる施工実績
中辻:公共工事だけでなく、民間の大規模な施設も多いようですね。
和久田:最近ですと、ディスカウントドラッグストアの「コスモス」さんの店舗を熊本県内や福岡で多く手がけています。鉄骨造の店舗が多いのですが、そこから派生して、今は物流倉庫の建設も増えてきています。
中辻:ドラッグストアから物流倉庫へと、時代のニーズに合わせて施工の幅を広げられているのですね。
和久田:鉄骨造が得意分野ではありますが、技術のバランスを保つために、鉄筋コンクリート造の物件も積極的に手がけていきたいと考えています。
建設会社が自ら設計・運営するスポーツクラブ
中辻:先ほどお話にあったスポーツクラブについても詳しく伺いたいのですが、どのような経緯で始められたのですか。
和久田:この八代の本部ビルを建てる際、私の父と相談して決めたことです。父の「これからは健康ブームが来るから、健康施設を作りたい」という要望がきっかけでした。
中辻:先代社長の先見の明があったのですね。
和久田:当時、私は29歳くらいで設計が専門でしたので、父から「お前が設計しろ」と言われまして。熊本市内のスポーツクラブに見学に行き、そこで学んだことを設計に反映させました。
異例の直接運営によるコミュニティづくり
金村:建てるだけでなく、運営まで自社でされているというのが驚きです。通常はテナントに入ってもらう形式が多いですよね。
和久田:最初は何もわからない状態からの手探りスタートでしたが、意外にもスムーズに進みました。当時はバブル期で資金力もあり、ゴルフ練習場も同時に運営していた時期がありました。
金村:ゴルフ練習場まで。まさに地域の健康を支える拠点だったのですね。
和久田:ゴルフは人口減少に合わせて数年前にやめましたが、スポーツクラブは今も力を入れています。当初は3階まででしたが、会員数が増えたので4階まで増築して、スラブに穴を開けて鉄骨階段を作ったりと、建設会社ならではのカスタマイズをしています。
「スポーツクラブ」から地域のための「クラブ」へ
中辻:最近では「スポーツ」という言葉を外して、単に「クラブ」と呼ばれているそうですが、そこにはどのような想いがあるのですか。
和久田:高齢者の方々が求めているものを分析してみると、かつての銭湯のような「コミュニケーションの場」なんです。体を動かすこと以上に、話し相手がいることが大切なんです。
中辻:そこに行けば誰かに会える、という場所になっているのですね。
和久田:お風呂やサウナもありますので、そこで仲間ができて、自然発生的に「1ドル会」という食事会グループができたりしています。私がお願いしたわけではなく、お客さん同士で30年以上も続いているんです。
金村:建設会社が作った建物が、地域のコミュニティを育む場になっている。まさに「第2のリビング」ですね。
数学好きの理系少年が建築の道を選んだ理由
中辻:和久田さんご自身についても伺いたいのですが、もともと家業を継ぐという意識はあったのでしょうか。
和久田:数学が好きで理系タイプでしたので、自然と建築学科に行こうとは決めていました。ただ、最初はそれほど建築そのものに強い興味があったわけではないんです。
中辻:意外ですね。いつから建築にのめり込まれたのですか。
和久田:大学3年生の時、大林組の設計部でアルバイトをしたんです。模型を作ったり、社員の方々とコミュニケーションをとる中で、だんだんと建築が面白くなっていきました。
大手ゼネコンでの修行と家業への帰還
中辻:大学卒業後は、すぐに和久田建設に入られたのですか。
和久田:いえ、まずは修行として竹中工務店に入社しました。合格すれば自分のレベルが上がると思いましたし、いつかは独立したいという夢もありました。
中辻:竹中工務店ではどのような経験をされたのでしょうか。
和久田:4年ほどお世話になりました。一時はずっと残りたいという気持ちもありましたが、九州支店に移ってから、やはり家業を継がなければならないという意識が強くなりました。
中辻:大手での経験が、今の和久田建設の技術力や設計力に活かされているのですね。
自社ビル設計に込めた設計士としてのこだわり
中辻:和久田さんは、今でもご自身で図面を書かれることはあるのですか。
和久田:今は実務としてはあまり書きませんが、趣味で3次元CADを使って遊ぶことはあります。頭の中で空想したものを形にするのは楽しいですね。
金村:この本部ビルも和久田さんが設計されたのですか。
和久田:基本設計はすべて私が手がけました。熊本の本社ビルも同様です。自分で設計したものが形になって今も建っているというのは、設計士として非常に感慨深いものがあります。
熊本地震を機に開発した「滑り免震構造」
中辻:これまでのキャリアの中で、特に印象に残っているお仕事やプロジェクトはありますか。
和久田:熊本地震の後、住宅事業で「地震に強い家」を作ろうと決意したことです。そこで開発したのが「滑り免震構造」です。
中辻:「滑り免震」ですか。通常の免震構造とは何が違うのでしょうか。
和久田:家を壊さないのは簡単なんです。問題は、中の家具がいかに倒れないか。それを追求して、弁理士さんと相談しながら特許を申請し、2023年に認定されました。
中辻:特許まで取得されたのですね。建設会社が独自の免震技術を持つというのは非常に珍しいです。
家具が倒れない家を実現する独自の特許技術
和久田:鉄筋コンクリートの家であれば、建物自体は耐えられます。ただ、大きな揺れが来ると中の家具が凶器になります。家を地盤と切り離し、揺れを逃がすために「滑らせる」という発想です。
金村:地盤との関係をあえて「固定しない」ということですか。
和久田:基礎と土台、上部構造体は一体化させていますが、その下の地盤との間にガルバリウム鋼板を敷き、震度7以上の揺れが来た時にわざと滑らせるんです。
金村:滑ることで、建物にかかる衝撃を劇的に減らすわけですね。
和久田:普通の免震は元の位置に戻そうとしますが、戻そうとすると家具が倒れやすくなる。私のアイデアは「戻らなくていい」という逆転の発想です。これが特許の核心部分ですね。
大学教授との共同実験で実証された性能
中辻:その理論が実際に機能することは、どのように証明されたのでしょうか。
和久田:福岡大学の高山教授にお願いして、実物大の実験を行いました。その結果、震度7の揺れを震度5程度まで抑えられるというデータが出ました。
中辻:震度が2段階も下がるというのは、中の人にとっては天と地の差ですね。
和久田:今はさらに性能を上げるために、層を増やす「複層」の技術で2回目の特許を申請中です。層を増やせば増やすほど、揺れをさらに抑えられることがわかっています。
中辻:特許技術によって、地震大国・日本の住宅のあり方を変えていく可能性を感じます。
DXの基盤「ドキュワークス」による徹底したペーパーレス化
中辻:ここからは和久田建設のデジタル化、DXの取り組みについて伺います。具体的にどのようなシステムを導入されているのでしょうか。
和久田:ベースになっているのは、富士フイルムビジネスイノベーションの「DocuWorks(ドキュワークス)」です。これを10年ほど前から活用し、すべての図面や書類をペーパーレス化しています。
中辻:図面の管理をすべてデジタルに移行されたのですね。
和久田:以前は40年分くらいの図面が倉庫に山積みで、過去の図面を探すのに4人がかりで1週間かかっても見つからない、なんてことがありました。それを解決するために大型スキャナーを購入し、過去の図面をすべてデータ化しました。
40年分の図面をデータ化する10年の歩み
中辻:40年分の図面をスキャンするのは、気が遠くなるような作業だったのではないでしょうか。
和久田:10年くらいかけて、ようやく9割がた終わりました。私の秘書が担当責任者として、合間の時間を見つけてコツコツと進めてくれたんです。
中辻:10年の継続は素晴らしいですね。単にデータ化するだけでなく、探しやすさの工夫もされているのですか。
和久田:「日付+キーワード」という厳格な命名ルールを決めています。工事名や設計事務所名などのキーワードを3つ以上入れることで、誰でも一瞬で必要なデータにアクセスできるようにしています。
各部署のニーズに合わせた最適なソフト導入
中辻:図面管理以外でも、デジタルツールの導入は進んでいるのでしょうか。
和久田:積算や設計など、各部署が自分たちの業務に最適なソフトを選んで使っています。建築CADだけでも「アーキトレンド」や「アーキキャド」、さらには「レビット」など、複数を使い分けています。
中辻:会社が一つを指定するのではなく、現場の声を反映させているのですね。
和久田:特定のソフトに縛ることはしていません。将来的に業界の標準が変わった時に、すぐに乗っかれるような柔軟性を持っておきたいと考えています。
趣味の3次元CADから生まれる建築の空想
金村:和久田さんご自身も、今でもCADを使われることがあると仰っていましたね。
和久田:「SketchUp(スケッチアップ)」というソフトを趣味で使っています。特許を取った免震構造を使って、「もし窓のない家を建てたらどうなるか」といった空想を形にしたりして遊んでいるんです。
金村:社長自らが最新のツールを使いこなされているのが、社内のデジタル化が進む大きな要因かもしれません。
和久田:ボケ防止にもいいんですよ(笑)。頭の中で妄想したものを3次元で表現して、それが実際の業務に使えるアイデアであれば、会社の方に持っていくというスタイルです。
理想の建築を目指す「設計施工体制」の強化
中辻:和久田建設のこれからの未来、展望について教えていただけますか。
和久田:設計士出身の社長として、やはり「設計施工体制」の比率をもっと上げていきたいと考えています。
中辻:設計と施工を自社で一貫して行うメリットはどこにあるのでしょうか。
和久田:現場の声を設計にダイレクトに反映できることです。現場で起きた問題を分析し、それを次の設計に活かす。このサイクルを回すことで、より品質の高い、そして「美しい建築」ができると確信しています。
「機能は美である」という建築哲学
和久田:近代建築の巨匠、ル・コルビュジエは「機能が美である」と言いました。装飾ではなく、機能性を突き詰めた結果として生まれる美しさを大切にしたいんです。
中辻:デザイン優先で雨漏りするような家ではなく、機能に裏打ちされた美しさですね。
和久田:そうです。デザインと機能、そして現場の施工性が高い次元で融合した建築。これを設計施工の強みを活かして実現していきたいという夢があります。
全工程のプロが集う「作品集団主義」
中辻:和久田建設が掲げている「作品集団主義」という言葉には、どのような意味が込められているのですか。
和久田:一つの建物を完成させるには、設計者だけでなく、多くの専門工事業者の協力が必要です。28種もの業種の人たちが、一つの目標に向かって力を合わせる集団でありたいという意味です。
中辻:みんなが「自分の作品だ」という誇りを持って取り組むということですね。
和久田:そのためには、業者間のコミュニケーションが不可欠です。入社していない人たちであっても、一緒に良いものを作ろうと言い合える人間関係を築いていきたいと考えています。
現場の声を設計に反映させる仕組み
中辻:現場と設計の距離を縮めるために、具体的に取り組まれていることはありますか。
和久田:「設計フィードバックシート」というものを運用しています。現場で問題があった際、その原因が設計にある場合は、どう改善すべきかを現場から設計部へアドバイスする仕組みです。
中辻:現場からの逆提案ですね。これはゼネコンの中に設計部門がある強みですね。
和久田:普通の設計事務所ではなかなか難しいことです。このフィードバックを積み重ねることで、施工ミスを防ぎ、より合理的で美しい設計ができるようになります。
竣工後の喜びを分かち合うバーベキュー大会
中辻:最後に、和久田さんが大切にされている社内の文化があれば教えてください。
和久田:以前はよく、工事が始まる前と終わった後に、現場でバーベキュー大会をやっていました。
中辻:職人さんたちも一緒に参加されるのですか。
和久田:そうです。最初は顔も名前も知らない者同士が、工事を通じて仲間になり、完成した時に喜びを分かち合う。あの時に飲む酒が、最高に美味しいんです。
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