飛行機のまち・所沢から世界へ羽ばたく!平岩建設株式会社
更新日:2026/1/10
▼目次
- 1 陸軍飛行場のエンジニアだった祖父の創業
- 2 専門工事から総合建設業への発展
- 3 年商150億、民間建築を軸とした多角経営
- 4 公共土木と原点である専門工事の継続
- 5 グループ150名、現場には毎日300名以上の職人
- 6 技能実習生から始まったベトナム事業の展開
- 7 50棟以上の工場建設と総領事館の改修
- 8 埼玉県との連携で築いた現地での信頼
- 9 円安の影響と台湾企業への販路拡大
- 10 日本とベトナム、建設事情の大きな違い
- 11 地震のない国ならではの構造と変化
- 12 海外進出の決意と「コンクリートから人へ」の衝撃
- 13 準大手ゼネコンでの修行時代を経て
- 14 建築のBIMと土木のICT施工
- 15 BIMが実現する「デジタル竣工」のメリット
- 16 事前のすり合わせで現場の負担を軽減
- 17 中小設計事務所におけるBIM導入の壁
- 18 AI活用と社内コミュニケーションの活性化
- 19 「ホテルようなオフィス」でブランド化
- 20 建設業の「怖い・きつい」イメージを払拭したい
2025年3月23日(日)15:00~15:55
ゲスト:平岩建設株式会社 代表取締役社長・平岩敏和さん
日本ではじめて飛行場ができた街・埼玉県所沢市の平岩建設株式会社は、入間駐屯地の整備から始まったという歴史を持ち、1946年の創業から間もなく80年を迎えます。地域に密着した会社でありながらも、BIM/CIMの導入やICT施工、そしてベトナムや台湾といった海外への事業進出にも積極的。「パイロットになりたい」という大きな夢を持ち続ける平岩社長。世界へ羽ばたく平岩建設の未来予想図をお伺いしました。(埼玉県入間市・FMチャッピーにて収録)
陸軍飛行場のエンジニアだった祖父の創業
クラフトバンク中辻(以下、中辻):まずは会社について伺いたいのですが、平岩建設さんはどのようなお仕事をされている会社なのでしょうか。
平岩敏和さん(以下、平岩):弊社は埼玉県所沢市に本社があり、総合建設業と専門工事業の両方を兼ね備えた建設会社です。創業は戦後すぐの1946年で、私の祖父が創業しました。私の祖父は、所沢の航空公園がある場所が戦時中は陸軍の飛行場だったのですが、そこの基地で飛行機の設計エンジニアをしていました。
クラフトバンク田久保(以下、田久保):エンジニアの方が創業されたのですね。
平岩:戦後、入間にある自衛隊の基地も陸軍の基地だったのですが、そこを米軍が接収して「ジョンソン基地」と名前を改めて施設を作っていきました。その折に、今の準大手の藤田さんという会社が工事を受注され、祖父がそこに協力して建設に携わったのが創業のきっかけです。
専門工事から総合建設業への発展
田久保:最初はどのような工事からスタートされたのですか。
平岩:専門工事業である「鳶土工工事」が創業の原点です。その後、藤田さんの協力業者として数年間仕事をさせていただく中で、所沢市も人口が増え、インフラ整備が進んできました。その流れで、役所や学校といった建築工事、あるいは道路整備などの土木工事が非常に多く出てきました。
中辻:そこから事業を広げていかれたのですね。
平岩:専門工事業だけでなく、所沢市を中心に総合建設業、ゼネコンとしての仕事を始めました。その後は民間の建築工事なども手掛けるようになり、特にバブル崩壊後、公共の箱物工事が少なくなってからは民間の建築工事を多数手掛けるようになりました。
年商150億、民間建築を軸とした多角経営
中辻:現在の事業規模や構成について詳しく教えていただけますか。
平岩:現在、年商はグループ全体で150億弱ほどです。その中で最も多いのが建築で、約100億を占めています。建築はほぼ民間工事で、そのうちの8割が新築、2割がリニューアルやリフォームの工事となっています。
田久保:建築といっても、幅広く手掛けられているのでしょうか。
平岩:戸建て住宅だけは弊社ではやっていないのですが、それ以外の工場、倉庫、オフィスビル、マンション、学校、病院など、あらゆる建物を建てさせていただいています。まさに戸建て以外のすべてという形ですね。
公共土木と原点である専門工事の継続
田久保:土木や専門工事の方は、今どのような状況ですか。
平岩:土木は国土交通省や埼玉県、所沢市などから発注される道路や河川などの公共工事が中心です。国土強靱化の流れもあり、役所からの発注工事を継続して受けており、これが約20億ほどです。
中辻:創業の原点である専門工事も続いているのですね。
平岩:はい、残りの30億ほどが創業の原点である鳶土工の専門工事です。藤田さんを中心に、長谷工さんや大手ゼネコンさんの仕事も多岐にわたって手掛けています。専門工事だけで30億という規模は、単体の会社としては相当な規模だと自負しています。
グループ150名、現場には毎日300名以上の職人
田久保:従業員の方の体制についても教えてください。
平岩:平岩建設としての社員は、グループ会社を合わせてトータルで150名強です。ただ、鳶土工工事の方では協力業者さんも含め、弊社のヘルメットを被って作業してくださる方が、1日あたり300名から400名ほど現場で動いています。
中辻:それだけの人数が毎日動いているというのは、すごい迫力ですね。
平岩:そうですね、専門工事からスタートして総合建設業になった会社は多いですが、これだけの規模で専門工事の部隊を自社で維持し続けているのは、弊社の大きな特徴であり信念でもあります。
技能実習生から始まったベトナム事業の展開
中辻:ホームページを拝見したのですが、ベトナムでも事業をされているそうですね。
平岩:はい、ベトナムでも建設業を行っています。10年以上前、専門工事の方で技能実習生に来ていただきたいと考え、ベトナムへ行きました。それがきっかけでご縁があり、現地のローカルゼネコンから企業提携の話をいただいたのです。
田久保:いきなり提携の話が来たのですか。
平岩:ベトナムという国の発展性や未来性に非常に興味があったので、現地を確認して挑戦を決めました。当初は合弁会社としてスタートしましたが、コロナ禍の影響などもあり、現在は「平岩ベトナム」という、弊社が100%資本を持つ現地法人として7年ほど運営しています。
50棟以上の工場建設と総領事館の改修
中辻:ベトナムでは具体的にどのような工事をされているのですか。
平岩:主に日本から進出される製造業の方々の工場建設を手掛けています。これまでに50棟ほどの工場を建てさせていただきました。変わった仕事では、ホーチミンにある総領事館の官邸、大使がいらっしゃるお住まいの改修工事なども担当しました。
田久保:まさに日本の建設技術を現地で発揮されているのですね。
平岩:現在はホーチミンにヘッドオフィスがありますが、ハノイとダナンにも事務所があり、ベトナム全土で仕事をさせていただいています。日本で実績があっても、ベトナムではまた違った苦労がありましたが、着実に広げてきました。
埼玉県との連携で築いた現地での信頼
田久保:ベトナム進出当初、苦労された点はありましたか。
平岩:最初は知名度が低く、大手ゼネコンさんが多数進出している中で、「聞いたこともない会社だ」と本社の決裁が下りずに悔しい思いをしたこともあります。一番安くて平岩に頼みたいと言っていただいても、信頼の部分で壁がありました。
中辻:そこからどうやって実績を作っていったのでしょうか。
平岩:実は埼玉県がベトナムにオフィスを出しておりまして、県内企業との交流会などに参加させていただきました。そこでのご縁から1社ずつ丁寧にお仕事をいただき、実績を積み重ねてアピールし、じわじわと信頼を広げていきました。
円安の影響と台湾企業への販路拡大
田久保:最近のベトナム事業の状況はいかがですか。
平岩:5年目までは非常に順調で、完工高も右肩上がりでした。昨年度は日本円で25億ほどの完工高がありましたが、直近は円安の影響が大きく、日系企業の進出がピタッと止まってしまいました。本年度は10億前後と大幅なダウンとなっています。
中辻:円安による投資環境の変化は大きいですね。
平岩:ただ、今は台湾企業のベトナム進出が非常に盛んです。半導体や精密機械、医療用部品など、勢いのある台湾企業からのお仕事をいただき始めています。実は弊社はコロナ前から台湾で和食の蟹料理店を経営しておりまして、そのご縁で繋がることも多いのです。
日本とベトナム、建設事情の大きな違い
中辻:ベトナムの建設現場は、日本と比べてどのような違いがありますか。
平岩:10年前はインフラも未整備で、電線がごちゃごちゃで道路もガタガタでしたが、今は日本より先に電線の地中化が進み、歩道もきれいに整理されています。不動産バブルが少し落ち着いたとはいえ、国の勢いや活気は凄まじいものがあります。
田久保:施工の方法なども違うのでしょうか。
平岩:大きく違いますね。日本は人件費が高く材料費はそこまでではないので足場を組みますが、ベトナムは資材が貴重で人件費が安いです。なので、足場を最小限にして、人を大量に動員して施工します。まさに人海戦術で、日本の数倍の人数が動く現場もあります。
地震のない国ならではの構造と変化
田久保:構造面での違いなどはありますか。
平岩:ベトナムは地震がほとんどないので、柱や梁が非常に細いです。壁もレンガを積んでから左官で塗っていく工法が一般的です。マイクラのように建物を作っていく感覚に近いかもしれません。
中辻:日本人の視点から見ると、驚くような違いがありそうですね。
平岩:そうですね。ただ、最近はベトナムも急速に発展しているので、日々きれいに、便利になっていく様子を目の当たりにしています。日本の技術と現地のやり方をうまく融合させながら進めています。
海外進出の決意と「コンクリートから人へ」の衝撃
田久保:そもそも、なぜこれほど積極的に海外へ打って出ようと思われたのですか。
平岩:漠然とした不安があったからです。日本という国が成熟し、建設の仕事がいつまでも続くのだろうかという懸念です。特に民主党政権時代の「コンクリートから人へ」というフレーズは、創業80年を前にした我々にとって、非常に厳しい現実を突きつけられた思いでした。
中辻:業界全体に逆風が吹いていた時期ですね。
平岩:このままでは先がないのではないか。ならば、今まで培ってきた技術や人を、これから発展する国で役立てるべきではないか。そう考えたのが海外進出の大きなきっかけです。結果的に、今は首都圏の再開発などで仕事は増えていますが、当時の危機感があったからこそ今の形があります。
準大手ゼネコンでの修行時代を経て
中辻:平岩さんご自身のご経歴についても伺えますか。最初から平岩建設にいらしたのでしょうか。
平岩:いいえ、大学を卒業した後は勉強のために準大手の藤田さんに入れていただきました。大阪支店で3年ほど現場監督を経験し、その後は東京支店に移って、積算や技術部といった内勤の部署で色々な経験をさせていただきました。
田久保:現場から技術まで、幅広く学ばれたのですね。
平岩:5年ほどお世話になってから、平岩建設に戻りました。私の父も同じように、入社前に5年ほど他社に修行に出ていたので、私も「5年経ったら戻るんだろうな」と最初から思っていました。今年で社長になって11、12年目になりますが、修行時代の経験は今も活きています。
建築のBIMと土木のICT施工
田久保:ここからは平岩建設さんのDXやデジタル化の取り組みについて伺いたいと思います。
平岩:建築ではBIM、土木ではCIM、そしてICT施工に注力しています。土木の方はドローンで測量して3D点群データを作成し、それをバックホウに入れて自動化施工を行うなど、生産性と安全性の向上に取り組んでいます。
中辻:最新の技術を積極的に取り入れているのですね。
平岩:最近は、バケットが多方向に動くチルトローテーターという機械も使い始めています。これにより作業効率が格段に上がり、より早く、正確に、安全に工事を進めることができるようになっています。
BIMが実現する「デジタル竣工」のメリット
田久保:建築のBIMについても、具体的に教えていただけますか。
平岩:弊社には設計部があり、設計施工の案件では積極的にBIM化を進めています。昨年はS造の工場、現在はRC造のマンションで活用しています。単なる図面作成ではなく、BIMデータから施工図や平面詳細図まで一貫して作成しています。
中辻:BIMを使うことで、何が変わるのでしょうか。
平岩:一番は「干渉チェック」です。2次元の図面を4種類重ねて確認していた従来の方法では、現場で梁の中に配管が通ってしまっているような矛盾に気づくことがありました。BIMなら3Dで事前に把握できるので、現場での手戻りが激減します。
事前のすり合わせで現場の負担を軽減
田久保:現場監督さんの業務効率も上がるのでしょうか。
平岩:格段に上がります。これまでは現場に出てからでないと分からなかった細かい寸法や部材の納まりを、設計段階で鉄骨業者さんやサッシ屋さんなどと共有し、すり合わせができます。いわゆる「デジタル竣工」を現場が始まる前に行ってしまうのです。
中辻:未経験の社員の方でも理解しやすそうですね。
平岩:そうなんです。2次元の図面を頭の中で組み立てるのは経験が必要ですが、3Dなら一目瞭然です。経験の浅い若手社員でも、「こうなるんだ」というイメージが湧き、興味も湧きます。現場の様子が可視化されることで、コミュニケーションも円滑になります。
中小設計事務所におけるBIM導入の壁
田久保:BIMは業界全体で普及しているのでしょうか。
平岩:大手ゼネコンさんは進んでいますが、中小の設計事務所さんではまだまだです。というのも、BIMのソフトや動かすためのハイスペックなパソコンは非常に高価です。さらに操作を覚えるための教育コストもかかります。
中辻:少人数の事務所には、投資が重いということですね。
平岩:5人くらいの事務所で1年間BIMの勉強だけさせるわけにもいきません。ここが日本のBIM普及が遅れている大きな要因だと感じます。だからこそ、我々のような施工側が本部の機能を高め、現場の負担を減らす仕組みを構築していく必要があると考えています。
AI活用と社内コミュニケーションの活性化
中辻:今後、さらに取り組んでいきたいデジタル技術はありますか。
平岩:AIの活用です。会議の議事録作成などはすでにAIで効率化が進んでいますが、今後は施工のマニュアルなども、AIに質問すればすぐに答えてくれるような仕組みを作りたいです。若手社員が「背中を見て覚えろ」ではなく、自らツールを使って知識を得られる環境です。
田久保:社内の情報共有についても、何か新しい工夫をされていますか。
平岩:「AWARI」というコミュニケーションツールを導入しました。社員が趣味や休日の過ごし方、現場のレポートなどを自由にアップできる社内SNSのようなものです。部署の垣根を越えて、「あの人と趣味が一緒だ」と分かったり、現場での気づきを共有したりしています。
「ホテルようなオフィス」でブランド化
田久保:オフィスの環境づくりにもこだわっていると伺いました。
平岩:昨年、社屋の内装改修を行いました。4つのフロアを順次引っ越ししながら進め、家具も一新してきれいにしました。目指したのは「ホテルのような会社」です。エントランスから入った時の雰囲気や、応接室のしつらえにこだわっています。
中辻:なぜそこまで環境にこだわるのですか。
平岩:お客様や協力業者さんがいらした時に、「この会社なら任せられる」と思っていただきたいからです。弊社は設計も手掛けていますから、まずは自社のオフィスでセンスや姿勢を示さなければなりません。それに、きれいな環境は社員の誇りやブランド意識にも繋がります。
建設業の「怖い・きつい」イメージを払拭したい
中辻:若手社員の方へのメッセージも含め、平岩さんの想いを聞かせてください。
平岩:建設業はどうしても「怖い、きつい」というイメージを持たれがちです。大学生に聞いても、いまだにスコップで穴を掘っているイメージだと言われたりします。でも実際は、これほどデジタル化が進み、形に残る素晴らしい仕事はありません。
田久保:そのギャップを埋めていく必要があるのですね。
平岩:自分たちがまず楽しんで、カッコいい姿を見せていくこと。オフィスに良い香りを漂わせたり、身だしなみを整えたり、そういった一つ一つの積み重ねが「平岩さんは一味違うね」という信頼になり、人が集まる会社を作っていくのだと信じています。
■平岩建設株式会社 https://www.hiraiwa.co.jp/
■FMチャッピー https://fmchappy.jp/


\ こちらからお聴きいただけます /






