クラフトバンク総研

成田を根拠地に住空間を提供し続ける「NaSPA」~平山建設株式会社

更新日:2026/1/14

2025年4月13日(日)15:00~15:55

ゲスト:平山建設株式会社 代表取締役社長 平山秀樹さん

明治34年創業、124年目を迎えた千葉県成田市の平山建設株式会社。成田(NArita)を根拠地に、住空間(SPAce)を提供し続けてきたことをあらわす造語「NaSPA」をグループブランドに掲げ、総合建築業・不動産業に取り組む企業です。また、経済産業省が定めるDX認定制度に基づく「DX認定事業者」に選定されるほど、DX化にも積極的です。番組では平山社長に会社の創業やデジタルの取り組みなど、たっぷりと聞かせていただきました。(千葉県成田市 ラジオ成田にて収録)

成田の歴史的な高台に位置するシェアスペース「学舎」

クラフトバンク中辻(以下、中辻):素敵なシェアスペースですね。平山社長もよくここへはいらっしゃるのですか?

平山秀樹さん(以下、平山):ええ、色々なミーティングや仕事で利用しています。実は成田は「馬の背(うまのせ)」のような高台になっていまして、1090年前からある成田山新勝寺への参道は、山の尾根を伝っていた道なんです。ここは成田で一番高い場所に近く、晴れた日には筑波山も見えますよ。

クラフトバンク田久保(以下、田久保)平山建設さんのオフィスもこの近くにあるのでしょうか?

平山:ここから5、6分ほどですね。JR成田駅と京成成田駅の間にこの「学舎」がありますが、京成成田駅の東口側に本社がございます。私たちは「ふるさとづくり、街づくり、建物づくり」を掲げ、成田の地に根ざして活動しています。

成田空港の機能強化とインバウンド需要への対応

中辻:平山建設さんがどのようなお仕事をされているのか、概要を教えていただけますか?

平山:成田に必要とされるものを必要なだけ建てる会社でありたいと考えています。今、成田で最も重要なのは空港の機能強化です。2028年度までに第3滑走路が完成し、B滑走路が延伸されます。空港面積は1100ヘクタールから2300ヘクタールへと倍増し、働く人も4万人から7万人に増える見込みです。

田久保:羽田空港が発着数の限界に近いと言われている中で、成田への期待は大きいですよね。

平山:おっしゃる通りです。インバウンド需要も確実に成田が拠点になると信じています。そのための受け皿として、私たちは賃貸マンションの建設に力を入れており、現在受注分だけで147棟、約4300世帯分を成田中心に作っています。空港で働く方々の住まいを確保し、人手不足の解消に貢献したいと考えています。

ホテル運営と不動産管理を通じた街づくり

平山:建設だけでなく、ホテルの運営も行っています。「センターホテル成田」をはじめ、現在3館496室を運営しています。また、このシェアスペース「学舎」に併設されている不動産部門では、1000世帯以上の賃貸住宅を管理しています。

中辻:建設から運営、管理まで幅広く手がけられているのですね。

平山:建物を作ることがゴールではなく、それによって街が変わり、多くの人が集まり、楽しんでくれることが大切です。ここで生まれ育った子供たちが成田を「ふるさと」と感じてくれるような仕事をしていきたいですね。

明治34年創業、120年を超える平山建設の歩み

中辻:非常に歴史の長い会社だと伺っています。創業はいつ頃なのでしょうか。

平山:1901年、明治34年の創業です。私の曽祖父が成田の隣の芝山町出身で、東京で仕事をしたいと考えていたところ、ちょうど鉄道が成田まで通った時期でした。親戚に「これからは鉄道が通り、門前町として発展する成田で商売をしたらどうだ」と勧められ、天秤棒一本で炭や薪を売る商売から始めたのがルーツです。

田久保:そこからどのように建設業へと発展していったのですか?

平山:その後、祖父の代で材木業を主軸にし、1962年に私の父が平山建設株式会社を設立しました。今年の6月末でちょうど63期が終わるところです。私はその120周年を記念して、父から伝わる教えをまとめた『31の言葉』という本を日経BPから出版しました。

理系から文系へ、大学時代の大きな転換点

田久保:平山社長は学生時代、どのような方だったのですか?

平山:父からは「好きなことをやれ」と言われて育ちました。数学が好きだったので高校2年までは理系を目指していましたが、哲学書や心理学の本を読むうちに、理系よりも文系の方がリーダーシップを発揮できるのではないかと思うようになり、高3で文転しました。

中辻:そこからどちらの大学に進まれたのですか?

平山:自衛官か大学の先生になりたかったので、防衛大学校の文科と、筑波大学の心理学専攻を受験し、両方合格しました。最終的には体力的、性格的に筑波大学を選び、4年間はボート部と勉強に明け暮れました。大学の先生から「研究室に残らないか」と言われるほど研究に没頭していましたね。

ユングの自伝が教えてくれた「心理療法と医学」の関係

中辻:研究室に残らず、ビジネスの道を選ばれたのはなぜですか?

平山:大学でユングの自伝を読んだことがきっかけです。そこには「心理療法をやるなら、まず医者でなければならない」と書かれていたんです。患者の苦しみが精神的なものか身体的なものかを見極められなければ、本当の治療はできないと。それなら医学部に入り直そうかとも思いましたが、既に大学に入っていたので、方針を転換しました。

田久保:学問としての心理学に限界を感じたのでしょうか。

平山:それもありますが、当時の実験心理学では統計処理のために大型コンピュータを使っていました。実験の計画から実施、解析、論文執筆まで全てPC上で行うプロセスが、今のDXに通じる私の学習体験となりました。そして、研究を続けるには予算獲得が必要だと気づき、自主独立で資金調達から全てを自分で完結できるビジネスの世界が自分に合っていると確信したんです。

バブル絶頂期の不動産会社で培ったシステム構築経験

平山:大学卒業後は、バブル絶頂期の不動産会社に入社しました。渋谷の本社で土地の有効活用と人事を担当したのですが、この4年間が本当に楽しかった。人事では「4th Dimension」というリレーショナルデータベースを使って、1500人の社員のキャリアや評価、異動支援を管理するシステムを構築しました。

田久保:その頃からご自身でプログラミングをされていたのですか?

平山:半分くらいは自分でコードを書きました。実際に現場で仕事をする人間が自分でシステムを組むのが、最も生産性が高いと感じた原体験です。この時に感じた「部門コンピューティング」という考え方が、現在の弊社のDX戦略の根幹にあります。

アメリカでの不動産ファイナンス留学と帰国

中辻:その後、平山建設に戻られたきっかけは何だったのでしょうか。

平山:ある日、父が突然私の会社にやってきて「アメリカで建設を学んでこい。2年間の時間と金を貸してやる」と言われたんです。調べた結果、ワシントンD.C.のアメリカン大学に不動産開発と不動産ファイナンスを学べるビジネススクールがあると知り、そこに留学しました。

田久保:アメリカでの生活はいかがでしたか?

平山:1ドル80円から100円の時代で、非常に有意義でした。向こうで就職しようかとも思いましたが、父から「絶対戻ってこい」と言われ、1995年7月17日に帰国しました。翌日から平山建設に入社し、そこから現在まで馬車馬のように働き続けています。

Google Workspaceによる「入り口デジタル」の徹底

田久保:ここからは平山建設さんのDXやデジタル化の取り組みについて伺います。まず何から始められたのですか?

平山:「DX」という言葉が出るずっと前の2010年頃、スパムメール対策をきっかけにGoogle Apps(現Google Workspace)を導入しました。私たちの基本方針は「入り口デジタル、クラウド共有、データドリブンによる業務改革」です。

中辻:「入り口デジタル」とは具体的にどのようなことでしょうか?

平山:データが発生する瞬間からデジタルで取り込むことです。現場の写真は「フォトラクション」というアプリを使いますが、それ以外の全データはGoogle Workspaceで管理しています。最近、オンプレミスのサーバーも全て廃止し、バックアップを多重化した上でGoogle ドライブに統合しました。

チャット文化の浸透と電話連絡の劇的減少

田久保:社内のコミュニケーションにも変化がありましたか?

平山:社員は80人ほどですが、Google チャットのスペースは600以上存在します。かつては午前中で携帯の電池が切れるほど電話をしていましたが、今は一日に数本程度です。ほぼ全ての業務連絡がチャットで行われています。

中辻:建設業界でそれほど電話が減るのは驚きです。

平山:最初は「現場にパソコンは持ち込めない、図面は紙だ」という強い反対もありました。しかし、ホテルの清掃指示をスプレッドシートでリアルタイム共有するなどの成功事例を積み重ねることで、一気に普及しました。現在、最高齢74歳の社員も含め、全社員がチャットやミートを使いこなしています。

平均残業時間10.7時間、DXがもたらした生産性向上

田久保:DXに取り組んだ結果、どのような成果が出ていますか?

平山:最も顕著なのは残業時間の減少です。事務職の平均残業時間は月10.7時間、現場職を含めても17時間程度です。以前はグラフに書けないほど多かった残業が、デジタル化による効率化で劇的に改善しました。

中辻:残業時間がそれほど短いのは、建設業界では非常に珍しいですね。

平山:情報をクラウドで共有し、誰が最新データを持っているか探す手間を省く。「一回言った言わない」をなくす。これだけで生産性は大きく上がります。現場の職長さんたちにも、専用のサイトを作って工程表や車両登録をスプレッドシートで共有してもらうなど、ラストワンマイルのデジタル化にも挑戦しています。

Google サイトを活用した「施工マニュアルのサイト化」

田久保:現場の職人さん向けの取り組みで、他にも面白い事例はありますか?

平山:ある若手課長が、賃貸マンション「ハイハウス」の施工マニュアルをGoogle サイトで構築しました。リンクや動画を埋め込んだハイパーテキスト形式のマニュアルです。私が指示したわけではなく、環境を与えたことで社員が自発的に作り上げた事例です。

中辻:社員の方が自分で使いやすいように工夫されているのですね。

平山:そうですね。他にもAIを活用して、社内の膨大なマニュアルから質問に答えてくれる「AI営業マン」や「AI監督」のような仕組みも構想しています。教える側も教わる側も、デジタルを使うことでストレスなく成長できる環境を作りたいと考えています。

地域貢献プロジェクト「プレーパーク」の開始

中辻:今後、新しく取り組みたいことはありますか?

平山:「ふるさとづくり」の一環として、子供たちが自由に遊べる「プレーパーク」の運営を始めました。「怪我と弁当自分持ち」を掲げるNPOの方々と協力し、弊社の所有地に穴を掘ったり秘密基地を作ったりできる場所を提供しています。

田久保:なぜ建設会社が遊び場作りを?

平山:今の子供たちは、公園でも禁止事項が多く、自由に遊べる場所がありません。自分たちで考え、工夫して遊ぶ経験は、将来の成田を支える力になると信じています。建設会社として、重機で穴を掘るだけでなく、子供たちが泥だらけになって遊べる場所を守ることも大切な役割だと考えています。

AI活用とセキュリティの両立、そして未来へ

田久保:最新技術の活用についても非常に積極的ですね。

平山:ChatGPTなどのAIとGoogleのスクリプトは非常に相性が良いんです。「休みの日や深夜にチャットを送りたくない」という社員の要望を受け、AIに相談して、スプレッドシートに書いた内容を翌朝の指定時間に自動送信するシステムを自作しました。

中辻:平山社長自ら作られたのですか?

平山:ええ、AIに聞けばステップバイステップで教えてくれますから。一方で、情報共有を進めるほどセキュリティリスクも高まります。最近はデータの権限管理をより厳格化するなど、利便性と安全性のバランスを常にアップデートしています。

成田の未来を作る「データドリブン」な経営

中辻:最後に、これからの平山建設の展望を教えてください。

平山:平山建設は間もなく創業125周年を迎えます。これまで培ってきた伝統と、デジタルという武器を掛け合わせ、成田をより魅力的な街にしていきたい。人手不足と言われる業界ですが、デジタルで楽しく、効率的に働ける姿を見せることで、若い人たちが興味を持ってくれる会社であり続けたいです。

田久保:社長自らが楽しみながら変革を続けている姿が、社員の皆さんにも伝わっているのですね。

平山:「なぜ私は忙しいのか」というブログを昔書きましたが、今はデジタルの力でそれを解消し、より創造的なことに時間を使えるようになりました。成田に平山建設があってよかったと言われるよう、これからも挑戦を続けます。

■平山建設株式会社 https://hirayama.com/
■ラジオ成田 https://www.narita.fm/

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アーカイブ配信:https://audee.jp/voice/show/102617

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