人と自然を大切にし、環境との調和を考えるまちづくり~金子建設工業株式会社
更新日:2026/1/14
▼目次
- 1 土木・建築から多角経営まで、金子建設工業の歩み
- 2 国鉄職員から創業者へ、祖父が築いた技術の礎
- 3 米沢のインフラと公共施設を網羅する幅広い施工実績
- 4 祖父の仕事に憧れた少年時代の原風景
- 5 戦後の米沢で、気力と技術でゼロから立ち上げた歴史
- 6 三人兄弟の次男が継承した建設への情熱
- 7 修行をせず、すぐに家業へ戻った理由
- 8 親子の絆と、次世代への教育方針
- 9 修行時代の第一歩は「営業」から
- 10 下水道事業が変えた米沢の生活
- 11 経済発展の起爆剤となるバイパス・高速道路工事
- 12 雪国・米沢を守る除雪業務
- 13 災害復旧への使命感
- 14 県境を越えた支援活動の広がり
- 15 生産性向上のためのDX推進
- 16 土木から始まったICT施工と3次元測量
- 17 建築部門でのBIM導入とその手応え
- 18 顧客のイメージを具体化する3Dモデルの力
- 19 人材と技術のハードル
- 20 若手中心の「DXチーム」発足
- 21 世代を超えた役割分担とバックアップ体制
- 22 雇用と地域の守り手
- 23 信用・技術・人、そして自然を大切にする理念
- 24 社会貢献としての献血活動とその背景
2025年12月21日(日)15:00~15:55
金子建設工業株式会社 代表取締役 金子尚人さん
山形県米沢市に本社を構える金子建設工業株式会社は、昭和20年の創業以来、地域に根ざした総合建設企業として歩みを続けてきました。土木・建築工事や施設整備を中心に、不動産事業や関連会社による砕石、産業廃棄物処理、倉庫・店舗の賃貸など幅広い分野でお客様のニーズに応えています。上下水道工事やバイパス・高速道路などのインフラ整備、学校・病院・図書館といった地域待望の建築施設にも携わり、災害復旧や除雪活動を通じて地域社会を支え続けています。「必要とされる企業」を理念に掲げ、米沢の暮らしと未来を築く存在として信頼を重ねています。番組では、金子社長に同社の取り組みやデジタル化についてお伺いしました。(エフエムNCV 83.4MHz おきたまGOにて収録)
土木・建築から多角経営まで、金子建設工業の歩み
クラフトバンク金村(以下、金村):最初に、金子建設工業株式会社がどのようなお仕事をされている会社なのか、ご紹介いただけますでしょうか。
金子尚人さん(以下、金子):弊社は昭和20年に、私の祖父である金子昭二が興した会社です。祖父は元々、今のJRの前身である国鉄の職員でした。戦後に国鉄を退職し、生まれ故郷である米沢で、国鉄時代に培った土木・建築の技術を基に業を興しました。
金村:現在は、建築と土木の両方を手がけていらっしゃるのですね。
金子:創業当時は土木と建築が中心でしたが、その後、私の父や私の代になってから少しずつ商売を広げました。別会社で採石業を始めたり、産業廃棄物処理、倉庫や店舗の賃貸事業なども行っています。建設を軸としながら、総合的な仕事をしているのが現状です。
国鉄職員から創業者へ、祖父が築いた技術の礎
金村:おじい様が国鉄の職員だったとのことですが、具体的にはどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
金子:当時の国鉄では、電車を通すために線路を敷き、川の上には橋を架け、山の中にはトンネルを掘る必要がありました。私の祖父は電車を運転するのではなく、それらのインフラを作るための線路を敷く方の技術職員だったと聞いています。
金村:まさに土木の原点のようなお仕事ですね。駅舎なども作られていたのですか。
金子:そうですね、駅舎も含めて総合的に建築・土木に携わっていたようです。退職後に米沢へ戻り、親戚を頼りながら、それまで培った技術を活かして仕事を始めたのがきっかけです。
米沢のインフラと公共施設を網羅する幅広い施工実績
金村:現在の具体的な施工内容についても教えていただけますか。
金子:土木に関しては、公共の道路や橋を作るインフラ整備の仕事が中心です。建築については、住宅から学校、病院、図書館といった大きな公共施設、さらには工場や店舗まで、非常に幅広く手がけております。
金村:住宅から大規模施設まで、本当に多岐にわたりますね。
金子:はい。建物に関しては、住宅・非住宅を問わず、米沢の街づくりに深く関わらせていただいています。地域の皆さんの生活に密着した施設を作ることが、私たちの大きな役割だと考えています。
祖父の仕事に憧れた少年時代の原風景
金村:金子さんがこの業界を目指されたのは、やはりおじい様の影響が大きかったのでしょうか。
金子:それが一番のきっかけですね。祖父は私が小学5年生くらいの頃まで健在でした。小さい頃はよく現場に連れて行ってもらい、そこで働く人たちが祖父を尊敬の眼差しで見ている姿や、祖父が「元気に安全に頑張ってくれ」と声をかける様子を間近で見てきました。
金村:現場でのやり取りを見て、おじい様をかっこいいと感じられたのですね。
金子:非常に強くそう思いました。休み時間には地域の方々からお茶や漬物をいただき、「便利になった、ありがとう」と感謝の言葉をかけられる。祖父は「これほどいい仕事はない、人のためになりながら仕事ができるんだ」とよく言っていました。その背中を見て育ったことが、今の私に繋がっています。
戦後の米沢で、気力と技術でゼロから立ち上げた歴史
金村:戦後の動乱期にゼロから起業されたというのは、相当なご苦労があったのではないですか。
金子:祖父は戦中を仙台で過ごし、終戦を機に国鉄を退職して米沢に戻りました。着の身着のままで帰ってきたようで、幼い私の父や叔父、叔母を連れての創業は非常に大変だったと聞いています。
金村:おじい様から直接、当時の苦労話を聞く機会もあったのでしょうか。
金子:はい。幼稚園や小学校から帰ると、祖父が楽しみに待っていてくれました。半分冗談で「おじいちゃん、なんで仙台でもっと大きくしなかったの」と聞くと、ニヤニヤ笑いながら「ここでの創業も精一杯だったんだ」と答えていたのを思い出します。
三人兄弟の次男が継承した建設への情熱
金村:金子さんは三人兄弟の次男とのことですが、なぜ次男である金子さんが継承することになったのですか。
金子:兄は建設とは全く別の仕事を志していました。兄は私が非常に建設の仕事に興味を持っていることを分かっていて、気を遣ってくれたのかもしれません。そんな経緯もあり、私が家業を継ぐことになりました。
金村:お兄様のご配慮もあったのですね。そこから建設の専門的な学びへと進まれたのでしょうか。
金子:仕事をする以上は知識を習得しなければならないと考え、大学では土木・建築を専攻しました。大学卒業後は他社での修行はせず、そのまま米沢に戻って金子建設工業に入社しました。
修行をせず、すぐに家業へ戻った理由
金村:大学卒業後、他社へ就職せずにすぐ戻られたのは意外ですね。当時はバブル時代で、就職先も豊富だったのではないですか。
金子:確かにおっしゃる通り、学生にとっては売り手市場で良い時代でした。しかし大学の先生と相談した際、「3年、5年で辞めて戻るつもりなら、勤めた会社に迷惑がかかる。それより1年でも早く戻って、自分の会社のやり方を勉強した方がいい」と勧められたのです。
金村:先生の非常に現実的なアドバイスがあったのですね。
金子:はい。それぞれの会社でやり方は違いますから、早く自社のカラーに染まった方がいいという考えでした。父からも「早く戻ってこい」と言われていましたので、迷わず戻ることに決めました。
親子の絆と、次世代への教育方針
金村:入社当時はお父様が社長をされていたそうですが、親子での仕事はいかがでしたか。
金子:父は土木・建築の既存事業だけでなく、採石や廃棄物、リース業など多角化を進めていた時期でした。父としては、私を早く会社に戻して実務を任せ、自分は新しい事業の開拓に注力したいという思いもあったようです。
金村:お父様の戦略的な考えもあったわけですね。金子さんご自身のお子様については、どのような方針ですか。
金子:私の息子は昨年、会社に戻ってきました。私とは異なり、大学卒業後に数年間、他社で修行を積んでから戻ってきました。息子がある程度の年齢になったら、どちらの道が良かったか二人で語り合いたいと思っています。
修行時代の第一歩は「営業」から
金村:入社後、金子さんはどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。
金子:最初に従業員が80名ほどいる中で、父から「まず営業として仕事を獲得してくることが一番の役目だ」と言われました。当時は営業担当が非常に少なかったので、ひたすら外を回る日々でした。
金村:現場ではなく、いきなり営業からスタートされたのですね。
金子:はい。営業で受注しなければ会社が成り立たないというプレッシャーを常に感じていました。一営業マンとして各地を回りながら、合間に現場の確認に行くというスタイルで、仕事の基本を叩き込まれました。
下水道事業が変えた米沢の生活
金村:入社された平成3年頃、米沢ではどのような事業が盛んだったのでしょうか。
金子:当時は下水道事業が非常に活発でした。まだ下水道が整備されていない地域が多く、下水道が通るか通らないかは地域住民の生活にとって死活問題でした。
金村:インフラが整うことで、生活が劇的に変わる時期だったのですね。
金子:完成した時に地域の方々が本当に喜んでくださる姿を見て、この仕事の重要性を再認識しました。インフラ整備は、地域社会の基盤を支える欠かせない事業だと肌で感じた経験です。
経済発展の起爆剤となるバイパス・高速道路工事
金村:下水道以外にも、大規模なインフラ工事に携わられた経験はありますか。
金子:バイパス工事や高速道路の建設にも携わらせていただきました。地方都市において、道路インフラが整備されることは経済発展の大きな起爆剤になります。
金村:都会と地方では、インフラ整備のスピード感も異なるのでしょうか。
金子:やはり首都圏に比べると東北の地方都市は緩やかですが、それでも道路が一本繋がることで人の流れが大きく変わります。人口減少が進む中で、インフラ整備がいかに食い止めの役割を果たしているか、仕事を通じて実感しています。
雪国・米沢を守る除雪業務
金村:米沢といえば豪雪地帯としても有名ですが、冬場の業務について教えてください。
金子:冬期間の除雪業務は、地域生活を維持するために必要不可欠な仕事です。弊社では道路の除雪はもちろん、JRの踏切の除雪、店舗や学校、病院の駐車場の除雪も行っています。
金村:朝早くからの作業になりますよね。
金子:雪が降ればオペレーターは早朝から出動します。私たちが当たり前に道路を通れるのは、どんなに寒くても、雪が大変でも作業をしてくれるスタッフがいるおかげです。これは雪国の建設会社にとって、冬の大切な日課であり使命でもあります。
災害復旧への使命感
金村:東日本大震災の際、地元の建設会社としてどのような役割を果たされたのでしょうか。
金子:電気が来ない、水が出ないという生活は、現代人にとって非常に過酷なものです。米沢は幸いライフラインが維持されましたが、近隣の被災地からは多くの応援要請がありました。
金村:それまでの金子建設工業は、他県での仕事には慎重だったそうですね。
金子:はい、それまでは二の足を踏んでいました。しかし震災の時はそんなことは言っていられません。困っている仲間がいれば助けに行く。そこから長期間にわたり、福島や、後には豪雨災害に見舞われた秋田、新潟などへも支援に赴きました。
県境を越えた支援活動の広がり
金村:被災地での作業は、普段の現場とは異なる緊張感があったのではないでしょうか。
金子:被災者の方々が動けない中で、私たちが技術を持って駆けつける。これが建設業としての自負であり、使命感です。スタッフも「自分たちがやらなければならない」という強い思いを持って取り組んでくれました。
金村:除雪も災害支援も、根底にあるのは地域を守るという精神なのですね。
金子:その通りです。吹雪の中でも安全を確認しながら懸命に作業するスタッフの姿は、本当に誇らしいものです。こうした使命感こそが、私たちの仕事の根幹にあるのだと感じています。
生産性向上のためのDX推進
金村:ここからはデジタル化、DXへの取り組みについてお伺いします。現在、どのような目的で推進されているのでしょうか。
金子:結論から言えば、生産性を上げなければならないという危機感からです。建設業界全体がそうですが、限られた人数で効率よく仕事をするためにはデジタル化は避けて通れません。
金村:具体的にはどのようなスピード感で進めていらっしゃいますか。
金子:現在は土木が先行し、そこに建築が追随している形です。管理部門や営業部門も並行して進めています。全社員が使いこなせるようになるにはまだ時間がかかるかもしれませんが、一歩ずつ進んでいます。
土木から始まったICT施工と3次元測量
金村:土木部門で先行しているデジタル技術とは、具体的にどのようなものでしょうか。
金子:ICT施工や3次元測量は、すでにある程度達成できています。UAV(ドローン)を用いた測量データなどを活用し、現場の見える化を進めています。
金村:かなり進んだ取り組みをされているのですね。
金子:はい。ただ、これからはさらに3Dモデルを使った業務の効率化や、サイトネクサスでの4Dシミュレーション作成など、もう一段階上のステップを目指していかなければならないと考えています。
建築部門でのBIM導入とその手応え
金村:建築部門でも、最近新しいデジタル技術を導入されたと伺いました。
金子:はい、昨年の10月頃から建築の方でも3DモデルやBIMの導入を本格的に始めました。まだ始めたばかりですが、非常に手応えを感じています。
金村:具体的には、どのような場面で効果を感じていらっしゃいますか。
金子:やはりお客様への提案時です。図面などの平面では分かりにくい部分も、3D画像でお見せすると「ここはもっとこうしたい」といった具体的な意見がいただけます。お客様にとっても完成イメージが湧きやすいのが大きなメリットです。
顧客のイメージを具体化する3Dモデルの力
金村:お客様の反応はいかがですか。
金子:非常に好評です。店舗などを建てる際、「ここが狭い」とか「この高さをもっと出したい」といった要望が、施工前に明確になります。これにより、完成してからの「イメージと違う」という手戻りを最小限に抑えることができます。
金村:施工側だけでなく、発注者側にとっても大きな安心材料になるのですね。
金子:はい。営業的な観点からも、BIMを用いた提案は非常に有効だと感じています。施工前に課題を改善できることは、品質向上にも直結します。
人材と技術のハードル
金村:DXを進める上で、壁となっていることはありますか。
金子:一つは人材の偏りです。ソフトの操作が専門的で習得に時間がかかるため、どうしても特定の社員に負担が集中してしまいます。ある意味、土木技術者というよりコンピュータ技術者に近い知識が求められます。
金村:現場の技術者がそこまで学ぶのは大変ですよね。
金子:そうなんです。日々の業務が忙しい中で、学習時間を確保するのが難しいというのが正直な課題です。社内での標準化やモデル運用のルール構築など、体制を整えている最中です。
若手中心の「DXチーム」発足
金村:社内のDX推進体制はどのようになっているのでしょうか。
金子:社内に「DXチーム」を作りました。土木を中心に、若手スタッフが中心となって活動しています。若い世代は新しい技術への抵抗感が少なく、情報収集能力も高いので非常に頼もしい存在です。
金村:若手が主導することで、会社全体への浸透も早まりそうですね。
金子:幕張メッセなどの展示会へ積極的に行ってもらい、自社に取り入れられる最新技術を勉強してきてもらっています。そこでの提案を私たちがジャッジし、導入を検討するという流れを定着させています。
世代を超えた役割分担とバックアップ体制
金村:ベテラン社員の方々の反応はいかがですか。デジタル化に戸惑う方もいらっしゃるのでは。
金子:もちろん、年代による壁はあります。そこは役割分担だと考えています。デジタルを得意とする若手が最先端の技術を駆使し、それをベテランが経験に基づいたアナログな視点でバックアップする。この複合体で動くことが、今の私たちのスタイルです。
金村:適材適所の配置をされているのですね。
金子:全てをデジタルにするわけではありません。ベテランの経験値が必要な場面は多々あります。お互いを尊重しながら、会社全体で生産性を高めていくことが重要だと説いています。
雇用と地域の守り手
金村:金子建設工業の今後の未来像について、どのようにお考えでしょうか。
金子:米沢は過疎化が進み、雪も多い大変な地域です。だからこそ、私たちは地域にとって必要な会社であり続けなければなりません。そのためにも、しっかりとした雇用を維持し、増やしていくことが私の第一の考えです。
金村:雇用を守ることが、地域を守ることに直結するわけですね。
金子:はい。DXで生産性が上がったとしても、地域の人たちを大切にする姿勢は変わりません。米沢や東北の各地域から「あの会社にお願いしたい」と言われるような、信頼の厚い企業を目指していきます。
信用・技術・人、そして自然を大切にする理念
金村:会社として大切にされている理念について教えてください。
金子:企業理念として三つの柱を掲げています。「信用を大切に」「技術を大切に」「人と自然を大切に」です。建設業である以上、信用と技術は欠かせません。
金村:三つ目の「人と自然」というのも素敵ですね。
金子:ステークホルダーや地域の方々、そしてこの豊かな自然を大切にすること。これらを積み重ねることで、地域社会から真に必要とされる企業になれると信じています。
社会貢献としての献血活動とその背景
金村:最後に、長年続けられている献血活動についても伺いたいのですが、きっかけは何だったのでしょうか。
金子:山形県内で新鮮な血液が不足していると聞き、10年以上前から会社に献血車を呼んで活動を続けています。実は昨年、親しい経営者仲間が白血病で亡くなりました。彼から「治療にたくさんの血を使うんだ。献血の活動をしてくれてありがとう」と言われたことが忘れられません。
金村:身近な方の言葉が、活動の大きな意義になったのですね。
金子:はい。誰かの命を繋ぐ役に立っていることを改めて実感しました。建設業は地域を守る仕事ですが、こうした社会貢献活動も継続していきたい。それが、この街で生きる私たちの誇りです。
■金子建設工業株式会社 https://www.kaneko-kenko.co.jp/
■エフエムNCV 83.4MHz おきたまGO https://fm834.jp/
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