合併を果たした三原田組。初志を変えない柔軟な経営を実施へ
更新日:2025/5/20
三原田組(新潟県上越市)は2022年12月1日、それまで関連会社であった砂利採取製造販売を手掛ける三商(同県同市)と、生コンクリート製造販売を行うキヨサト生コン(同県同市)を合併し、新たな一歩を踏み出した。これに伴い、三商で社長を務めていた三原田誠氏が、三原田組の代表取締役社長に就任。三原田組は、合併のタイミングで事業承継を果たし、これまでにない事業を展開していく方針だ。

三原田社長は、新卒で三商に入社後、外回りやダンプの出荷、許認可の申請、採集場の開発など様々な業務を担当。2016年に三商の社長に就いた。40歳と比較的早い段階で経営者になれたが、「就任直後に改革をドラスティックに進め過ぎて、最初の1年で社員の2割が辞めていった」という苦い経験を持つ。改革の詳細は、社内に物が溢れ過ぎているので、工場や事務所内を整理整頓し、必要な時に必要な量を取り揃えるようシステムの統一化を進めるという真っ当なものだった。それにも関わらず「導入前に『なぜこの取り組みを行う必要があるか』などの説明や配慮が足らず、結果的に1年で頓挫する形になった」と振り返る。周囲の声に耳を傾けずやり抜く選択肢もあった。しかし、「ここで皆の意見を受け入れなければ経営者として終わりだ」と悟り、次に備えることに努めたという。その2年後、綿密な準備と根回し、社員が能動的に動くような仕組み作り、通常業務に影響のない範囲での遂行を試みた結果、「形を変えて、この案が実現できるようになった」と経緯を語る。この経験以降、三原田社長は「常に社員が当事者で主役」という前提意識を持ち、どこからでも会社の経営計画やビジョン、スタンスが聞ける環境を整えるため、格安スマホを全社員に配布。「この循環が定着した頃には、毎年複数の新卒社員が入社するように変わっていった」と顕著な変化を話す。


合併後は3ヶ月かけて、副社長であり妻でもある逸美氏が、全社員との面談を敢行。全ての社員から個別に合併以前・以後の不安や不満、本音、今後の要望などを詳細に聞くことに注力した。これを受け、三原田社長は「社員それぞれの熱く真剣な会社への思いに応えられるよう、今度は慎重かつ全体のバランスを考慮した経営を心掛けていく予定だ」と見通しを述べる。過去の失敗を謙虚に受け入れ、反省を活かすために微修正を繰り返すが、初志は変えない。三原田社長の実直かつ柔軟な経営スタイルが今、様々な過程を経たことでより強固な形で実を結ぼうとしている。

三原田社長は「まだ会社に来なければ仕事ができないという環境が色濃く残っているので、この1年間でDX化を加速し、徐々にでも時代に対応する道筋を構築していく考えだ。コスト増や出荷量の低下など、業界全体に逆風が吹く状況にあるが、三商で培った採用ノウハウなど、三原田組に還元できる要素も多い。三原田組は、地域の方々に育てて頂いた企業。当社は、今後も地域の課題解決・コミュニティーを守ることを使命として、会社一体となった組織運営を行っていきたい」と意気込みを語った。現在、ICT建機を駆使して3万8000平米の駐車場新設工事の施工を開始したことからも分かる通り、三原田組の新たな挑戦は既に始まっている。


この記事を書いた人

クラフトバンク総研 編集長 佐藤 和彦
大学在学時よりフリーライターとして活動し、経済誌や建設・不動産の専門新聞社などに勤務。ゼネコンや一級建築士事務所、商社、建設ベンチャー、スタートアップ、不動産テックなど、累計1700社以上の取材経験を持つ。
2022年よりクラフトバンクに参画し、クラフトバンク総研の編集長に就任。企画立案や取材執筆、編集などを担当。現在は全国の建設会社の取材記事を担当。