田村工務店が企業永続に向けた経営に舵を切る
更新日:2026/1/7
田村工務店(福島県郡山市)の熊田薫社長は、過去に幼児教諭として保育の現場で働いていた過去がある。地元の郡山市に戻り営業職などに励む中、義父からアプローチを受け入社を決意。未経験から突如飛び込む形となった建設業界。当初は、自社加工場での作業員として、とにかく型枠工事の基礎から学ぶことで、ゼロから経験を蓄積することに全力を尽くしたという。


会社が設立50周年を迎える2026年は、奇しくも自身の社長就任から10年が経過する節目の年となる。社員の退職により、現場経験も乏しいまま突然職長に任命された当時が「昨日のことのようにも感じられる」と感慨深げに振り返る。業界の常識も分からず、人を率いざるを得ない現実は怖かった。しかし、現場で真摯に知見の吸収に勤めたことが社内外からの信頼獲得に繋がった。会長から社長就任の打診を受けた際は、「せっかく代表に就くからには、現状を変えたいという思いもあった」と思いを打ち明ける。穏やかな口調の奥には、確かな覚悟・責任が共存しており、長い期間をかけてその双方と向き合い続けた軌跡が感じ取れる。


熊田社長は、建設業界全体の課題を「慢性的な人手不足」と明言する。現在は、「未来を担う世代が建設業界に関心を寄せる場が必要」との考えから、地元の大学・専門学校との連携や、官民連携による雇用創出の機会づくりに注力している。若者に「建設業には魅力がある」と感じてもらうには、どのような具体策が必要なのか――その問いに対しては、堂々巡りを続ける日も少なくない。それでも熊田社長は、建設業のイメージ刷新を図るために様々な戦略を熟慮し、実行していく姿勢を崩さない。その前向きな姿勢こそが、同業界の未来にとって大きな力となっている。

事業承継については、「同族にこだわるつもりはない」と断言しつつも、「3代目・4代目と継続する企業として確立させたい」と明確な目標を掲げる。実現への第一歩となるのは、「月並みだが、まずは足元を固めること」。短期的な成長ではなく、持続可能な形で会社を後世に託すことを想定しており、「意欲に満ちた社員に、この理念を引き継いでほしい」と柔軟な考えを示す。自身が異業種から建設業界に飛び込んだ経緯もあり、「キャリアは多様であって良い」という信念も強い。先行きの不透明な時代に突入しているが、熊田社長の視野の広さ・懐の深さは、永続を目指す田村工務店の下支えとして生き続けていくはずである。

この記事を書いた人
クラフトバンク総研 記者 川村 智子
新卒で入社した建設コンサルタントで、農地における経済効果の算定やBCP策定などに従事。
建設業の動向や他社の取り組みなどに興味を持ち、建通新聞社では都庁と23区を担当する。
在籍時は、各行政の特徴や課題に関する情報発信に携わる。2024年よりクラフトバンクに参画。
記者として企画立案や取材執筆などを手掛けている。








