尊氏技工がロープ業界全体の底上げに挑戦
更新日:2025/4/29
株式会社尊氏技工(埼玉県川口市)の山本尊政社長は、ロープアクセス工法を取り入れたきっかけを「半分はハッタリだった」と笑いながら話す。「シール工事をロープアクセス工法でやれる?」との依頼に脊髄反射で「できますよ」と答えてしまった現実。知識やノウハウが蓄積できていなかったため、ロープアクセスに精通する知人に依頼し、全ての工程を観察し終えた頃には「自分にもできるはず」との思いが溢れていたという。周囲にロープアクセス工法について否定的な意見を言う職人が多い状況も勘案し、「この舞台なら勝機がある」と徐々に割合を増やしていくことを決めた。

ロープアクセス工法に特化したのは2011年。東日本大震災の影響で、首都圏の大規模マンションなどでも漏水やひび割れに関する調査依頼が殺到した時のこと。この現状を受け、「都心の中規模以上の施設であれば、足場施工よりコストを抑えられるケースが多い。現段階でロープアクセス工法に絞り込めば、潜在的な需要を獲得できると確信した」と振り返る。月間30件を超える依頼数だったが、全ての仕事を断ることなく堅実に対応したことが顧客との関係構築に繋がり、その後は滞りなく無足場での施工を続けられている。


山本社長自身は、入職時からシーリング工事に従事してきた生粋の職人だが、「業界内には、ロープアクセスでの施工は応急処置としての対応が前提で、特定の技術や知識がないことを承知の上で工事を受発注する企業が存在した」と本音を漏らす。詳細を把握しない状況で依頼してしまう元請けの責任も大きいが、現場で別業者の検討違いの工事が実施された後に顧客から「どうせロープでは無理でしょ?」と言われることも少なくなかった。このような現況を覆すため、山本社長は同じ志を持った仲間たちと共に、自ら施工の先端に立ち「ロープでもしっかりしたシーリングや防水、タイル施工も出来る!」という、地道だが着実な実績を積み重ねていくことを決意。1社だけで取り組むのではなく、複数の企業と共にロープ業界全体の底上げすることにも意識を向け始めている。

山本社長は、「地上から100メートルクラスでの施工では、景色の見え方が別世界になる」と実感を込めて話す。ロープ1本(バックアップ含め2本)に命を預け、ぶら下がりながら見える光景。「展望台からとは全く違う、特異な心理状況下で行える、この仕事は楽しくて仕方がない。我ながらつくづくクレイジーな仕事だと実感している」と醍醐味を語る笑顔は少年のようで、極めて職人気質な特性が見て取れる。

「今後は、後継者を育成できるよう、プライベートと仕事の両立が可能になるような体制を整えたい。私も気付けば52歳。会社拡大も視野に入れ、マネジメント方面に集中できるよう、若手が活躍する環境を提供していく」と先を見据える。現在は、職人の安全・安心を守るオリジナル製品も制作中の山本社長。費用や時間、景観、利便性など様々な部分でメリットのあるロープアクセス工法が、更なる浸透を見せている頃には、尊氏技工の後継者が選定されている可能性が高い。
この記事を書いた人

クラフトバンク総研 編集長 佐藤 和彦
大学在学時よりフリーライターとして活動し、経済誌や建設・不動産の専門新聞社などに勤務。ゼネコンや一級建築士事務所、商社、建設ベンチャー、スタートアップ、不動産テックなど、累計1700社以上の取材経験を持つ。
2022年よりクラフトバンクに参画し、クラフトバンク総研の編集長に就任。企画立案や取材執筆、編集などを担当。現在は全国の建設会社の取材記事を担当。