日本型枠工事業協会・山形支部
更新日:2025/6/10
【山形支部の理事長として】
日本型枠工事業協会・山形支部の柴田吉彦氏(柴田建設・代表取締役)は、2010年に理事長に就任した。先代が長期に渡り組織を牽引していた中、「次は若い人に任せたい」との意向を受け、「最も年齢の若い私が就くようにと要請を受けた」と当時を述懐する。支部の主な活動としては、業界内での情報共有・発信などを担う。東北地域では会員数の多い支部ではないが、定期的に本部ともウェブなどを通じて連携を取り、全体と協調しながら事業を展開しており、「気付けば15年の歳月が経過した」と感慨深げに語る。

【全体を正確に把握し舵取る】
全国では標準見積書を駆使する団体も増えてきたが、山形支部においては「各ゼネコンとの信頼関係も厚いので、現段階では利用していない」と現状を話す。型枠工事は、建物によって歩掛りが大きく変わるケースも多く、地場に根差したゼネコンでは導入に後ろ向きの企業も多い。このような状況の中、柴田理事長は「単価は徐々に上がってはいるが、東北では宮城・福島・秋田が高い傾向にあり、山形はその水準まで達していない現実はある。団体としても常に改善・改良を目指しているので、標準見積書の取り入れを検討することも視野に、慎重に物事を進めていくつもりだ」と見立てを述べる。他県の専門工事団体でも、導入に成功した事例は複数存在するが、定着までに何度も共有会を開くほど、説明に相当の時間を費やしたケースも多い。柴田理事長は現況を正確に把握し、リスク・コスト・メリットとも向き合いながら、支部全体の舵取りを担っている。


【地域の状況に配慮した働き方を】
柴田理事長は、新卒で山形日産自動車(山形市)にディーラーとして勤務後、結婚を機に柴田建設へと入社した経緯を持つ。全く別の業種からの入職。現場仕事から始め、骨の折れる作業も多かったが、「私が社長に就任した2000年代の単価は、現在の1/3程度にまで落ち込んでおり、瀕死の経営状況が続いていた」と当時を振り返る。その後、東日本大震災の復興需要で持ち直した企業も現れたが、どん底だった時代を考えると、「昨今の建設業界の処遇は、最悪な時期と比較すれば恵まれている方だと考える」と持論を述べる。団体では働き方改革に積極的な対応を見せる企業も多い。しかし、休暇がしっかり取れる安定的な働き方を始めると、「給料が大幅に下がった。ここまで休みは必要ないので、前のように稼げる体制に戻してほしい」と懇願する職人も増えている。建設業は地域特有の関係性・事情にも配慮する必要もあり、「全方位を熟慮した組織運営が今後の鍵になるはず」と見立てを話す姿が印象的である。


【型枠工事で業界を下支え】
協会の活動としては、「会員増加を心掛けると同時に、『当協会のような専門工事団体も、山形県の下支えに貢献している』という現実を地域にPRしていきたい」と意向を示す。実現には地場ゼネコンとの更なる連携が必要であり、特に「元請け企業に勤める若い方は、専門工事を理解できていないケースは多い。入職者が減少の一途を辿る中、この点を改善しない限り、現状維持すら困難な状況に陥るだろう」と危機感を募らせる。実際に行政は元請け企業との関係は盤石だが、専門工事業者とは希薄という現実も存在する。業界全体が行き詰まりを見せる今こそ、「当協会が行政との綿密な協調を果たし、新たな突破口を作り上げたい」との意識は誰よりも強い。自社には4年前から息子が参画し、県内を駆け回るなど新たな希望も芽生え始めている。「型枠工事を通して、日本の建設業界をサポートする」。山形支部では、今日も質の高い施工により、型枠工事業の健全な発展を手掛けている。

この記事を書いた人

クラフトバンク総研 記者 川村 智子
新卒で入社した建設コンサルタントで、農地における経済効果の算定やBCP策定などに従事。
建設業の動向や他社の取り組みなどに興味を持ち、建通新聞社では都庁と23区を担当する。
在籍時は、各行政の特徴や課題に関する情報発信に携わる。2024年よりクラフトバンクに参画。
記者として企画立案や取材執筆などを手掛けている。