クラフトバンク総研

本州最北の地からの挑戦を継続 熊谷建設工業

更新日:2026/11/2

 「この街を次の世代に残さなければならない」

 熊谷建設工業(青森県むつ市)を率いる熊谷圭之輔社長の切実な危機感である。会社は本州最北の下北地域で、80年以上も地域のインフラを支え続けてきた。道路整備や冬の除雪を担う建設業は生活基盤そのものであり、街全体の停滞は各企業の衰退にも直結する。それだからこそ、若者が地元に残れるよう魅力的な受け皿を作るべきと、熊谷社長は地域の存続に向けた改革を力強く推進している。

 熊谷社長は近年、業種の垣根を越えて地域の若手同士を結びつけることに地域の仲間と取り組んでいる。建設業に飛び込んだ若者が、同世代の不在が原因で孤独に陥らないよう、地域全体でセーフティーネットの役割を果たす協議会を立ち上げた。「もはや人手不足は建設業界だけの問題ではない。従来の枠組みを超えて人と人が支え合えるコミュニティを作ることが、街を強化できると考えて発足した」と経緯を述べる。自社では若手社員に採用活動の主導権を委ねたことで、「『仲間がいない』と困っていた若手たちが、自らチラシを作って母校に後輩を呼びに行くよう変化している。自分たちの手でメンバーを集める熱量こそが、定着する一番の効果だと考える」と変革の要因を分析する。

 若者を街に留めるには「旧態依然とした業界特有の慣習から脱却する必要があった」と熊谷社長は語る。劇的に変える必要性を最も感じたのは「自社の待遇と職場環境」。「社員満足=顧客満足=協力会社満足」を強く掲げ、何事に対しても根拠と目的を丁寧に伝える方針に転換。資格手当の上限を完全撤廃し、月額8万円の昇給を果たす技術者を出すなど、努力と訓練に給与として報いる制度を敷いたことで、顕著なモチベーションアップに繋げられた。最近では、社員の優先事項を自らの健康に向けるべきと、がん予備検診「N-NOSE」の全額を会社で負担する仕組みを創設。「社員が弱気になった時でも、日頃から会社側が様々なサポートを実施することで、家族から『良い会社に入れたのだから』とフォローされるような会社を目指したい」と理想を語る。

 「足を引っ張り合うのではなく、日本全国の優れた取り組みをこのむつ市で実現する」と語る熊谷社長。その視線は、常に地方というスケールを超えた先を見据えている。同じ切迫感を共有する下北半島の同業者と結束し、常に全国の先進企業に匹敵する魅力的な職場環境を心掛ける様子が印象的である。「この街に人が残り、外からも『面白い会社がある』と若者が集まる存在になりたい」と語る熊谷社長の熱は、同じ志を持った仲間たちを引き寄せる。課題は山積みで克服への道は厳しいものに変わりはない。しかし、「地域の子供達の将来のために、今できる全てのことに全力を尽くす」という明確な覚悟を胸に、今後も熊谷社長は本州最北の地から、業界改革を試みていく。 

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