東北建設業青年会
更新日:2026/10/15
【より良い宮城・東北に変えるため】
今年7月に開催した東北建設業青年会の総会において、與那覇一登氏(山辰建設・代表取締役)が新会長に就任した。東日本大震災が発生した2011年に、技術者として同社へ入社した與那覇会長。当時の経営トップに対し、「今のままでは会社が持たない」とストレートに直言し、異例のスピードで代表に就いた叩き上げの実績を持つ。地方都市における若者の流出や深刻な人手不足が声高に叫ばれる中、東北6県の若手経営者を束ねるリーダーとして新たな一歩を踏み出した。與那覇会長は、「各地で人員が足りない状況が続くが、この状況が続くからこそ1社でも多くの企業と手を組み、より良い宮城・東北に変えていきたい」と地域インフラを支える強い覚悟を見せている。

【過去の実績を活かす】
就任に対する原動力となったのは、直前まで務めていた仙台建設業協会・青年会会長時代の実績である。当時の会では、会員の年齢制限による卒業が相次いだ為、組織が衰退する危機に直面していた。このような事態を受け、與那覇会長は「後輩たちにより多くの仲間を残すべき」との強い思いから、特命組織として「会員開発委員会」を立ち上げた。旧来のイメージから入会を敬遠する企業にも自らが足繁く通い、「ライバル同士だからこそ、共に手を取り合う機会も作り、お互いが切磋琢磨していこう」と腹を割って対話し、会員数を増加させることに成功。仙台建設業協会の会長である深松努氏から受け継いだ「100回の飲み会より、1回の視察研修」という教えを忠実に実践し、視察や研修を通じた連帯感を醸成できたことで、「活発な組織の再建を実現できた」と今までを振り返る。

【業界外に存在感を浸透させる】
会員同士の連携を深める一方、與那覇会長は「建設業界と世間との隙間にある『意識のズレ』にも目を向けている」と言及する。道路の陥没などの非常事態が起きれば、建設業者は危険を顧みず24時間体制で修繕に当たる。「翌朝にはインフラが復旧しているのは、我々・建設関係者が最前線で汗水を流しているからと知ってほしい」と声を上げる。「国土の安全・安心を守ることは、我々の使命で当然のことだが、業界内だけで『建設業界はすごい』と自画自賛しているだけでは、広がりを見せられない。世間一般に認知度の促進を図り、存在感を浸透させるためにも、業界外への発信を高めたい」と意欲を見せる。


【施工そのものが持つやり甲斐を胸に】
與那覇会長は、協会活動の下支えとなっている動機を「施工そのものが持つやり甲斐にある」と言い切る。何もない場所に公園が完成した時、地域に住む子どもたが集まり「いつから使えようになりますか?」と興味津々に質問された体験に触れ、目に見える形で街に残る仕事の尊さを提示する。「経営者として、全社員を食わせ続けなきゃいけないプレッシャーも大きいけどね」と笑いながら謙遜する姿も魅力的で、常に地域社会の安泰と成長を同時進行することを心掛けている。
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【東北ブロックで綿密な連携を取る】
今後の展望として見据えるのは、2027年に東北建設業青年会が主幹となる全国建設青年会議の全国大会である。「東北6県はそれぞれが単体で活動しがちだが、今後はブロックとして緊密に連携していく必要がある」と克服すべき課題点を打ち明ける。若年層が首都圏に流出し続ける現状に歯止めをかけるため、この全国から関係者が集う大会を絶好の機会と捉えており、「『東北はすごくいい街だ』という魅力を積極的に発信することで、建設業の社会的価値を世間一般に堂々とアピールしたい」と意気込みを見せる。建設業界の閉鎖性を打ち破り、社会全体を巻き込む発信に繋げられるのか。今後、次の世代が誇りを持って働ける環境を整える為に、東北建設業青年会が担う責任は重大である。


この記事を書いた人
クラフトバンク総研 記者 信夫 惇
建通新聞社に10年間勤務。東京支局・浜松支局・岐阜支局にて、県庁などの各自治体や、建設関連団体、地場ゼネコン、専門工事会社などを担当し、数多くのインタビューや工事に関する取材に携わる。
2024年にクラフトバンクに参画。特集の企画立案や編集、執筆などを手掛けている。







